116.海が見える懐かしい街


――ミオシティ――

「ここがミオシティ……」

 ミオシティはナギサシティと同じく、潮の匂いがする水面に映える港街だ。この街の名所の一つといえば、異国情緒が漂う運河。運河は街の中心に流れていて、右岸と左岸には建物が規則正しく建てられている。街の右岸と左岸は大きな跳ね橋で行き来できるようになっていて、船が通るたびにそれは上下に動くのだ。その他に、ミオシティで有名なものといえば大きな図書館かしら。

「綺麗な街。ナギサシティは活発な印象があるけれど、ここは静かで落ち着いているわね。同じ港街でも、こうも違うのね」
「シャワッ」

 とりあえず、いつものようにポケモンセンターに向かった。コトブキシティからここまで来るのにそう距離はなかったし、バトルも少なかったからみんな体力はそう減ってはいない。すぐに元気になるはずだ。部屋を取るのはあとにして、とりあえずロビーで一休み。
 その間にも、私の視線はゲンさんを探してしまう。彼に会ったら何を話そう、何を聞こう。会いたいのに、どこか緊張してしまっている自分がいる。
 そのとき、スマートフォンが鳴った。ディスプレイに表示されたのは、一番私を元気にしてくれる人の名前だ。電話を取る前から頬が弛んでしまう。

「もしもし? デンジ君?」
『ああ。久しぶりだな』
「ええ。本当に」
『チャンピオンから聞いたんだが、風邪引いてたんだって? 大丈夫なのか?』
「ええ。もう大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
『そうか。大丈夫ならいいんだ』

 風邪のこと、シロナさんから聞いて気にしていてくれたんだ。心配かけないように、あえて報告はしていなかったけれど……嬉しいな。
 でも、私よりも、デンジ君の声色のほうが弱々しい気がした。声に元気がないというか、疲れが滲んでいる気がする。

「デンジ君……大丈夫?」
『ん?』
「なんだか、声に元気がない気がして……」
『ああ。ここのところ、少し寝不足だからかな』
「本当? 大丈夫? お仕事、忙しいの?」
『いや……あれだ……停電の復旧作業が……』

 言葉を濁しながら、デンジ君は言いにくそうに呟いた。

「そういえば、この前リッシ湖の畔を通りかかったときに、ナギサシティが大停電中だって教えてもらったわ」
『うっ……』
「ジムの改装をしていたの?」
『ああ……まぁ……』
『ごるぁ! デンジ!!』
『げっ!』

 こちら側にまで聞こえてきた大声は、オーバ君のものだった。電話の向こうで、何やら揉めている声が数秒間聞こえたあと、耳元に流れてきたのはオーバ君の声だった。彼の声を聞くのは本当に久し振りだ。

『よっ! レイン!』
「オーバ君!」
『元気か? デンジにばっかり近状報告してるんだもんなー。俺にもたまには連絡くれないと拗ねちゃうぜ?』
「あ。ごめんなさい」
『冗談冗談! 元気そうでよかった!』

 さっきまでデンジ君と話していたせいか、豪快に笑うオーバ君の声は、ボリュームが格段に大きく聞こえる。オーバ君も相変わらず元気そうでよかった。

『聞いたか? デンジの奴、ジムの改造のし過ぎでまた停電を起こしたんだぜ! 復旧作業が終わるまでスマホ没収してたのに、あいつ油断も隙もねぇ』
「復旧作業、そんなに時間がかかっているの?」
『ああ。今回はだいぶん手こずってるみたいだな』
「デンジ君、なんだか元気がなかったわ。大丈夫かしら……」
『ジムの運営と復旧作業とであんまり寝てないみたいだからなぁ。まあ、自業自得だろ』
「でも……疲れ過ぎて死んじゃう人もいるのよ」
『いやいや、大袈裟だろ』
「そんなことないわ。確かに、停電はみんなが迷惑することだけど、それよりもデンジ君の体のほうが大切よ」
『甘い! 甘いぞレイン! 甘やかしてばかりが愛じゃないんだぜ?』
「そうだけれど……デンジ君に何かあったら、私……」

 デンジ君がいなくなったらどうしよう、デンジ君が辛い思いをしていたらイヤだ。大勢のナギサシティの人の生活よりも、私はデンジ君のことで頭がいっぱいだ。
 依存してちゃダメってわかってる。でも、生き物は太陽がなければ生きていけないように、デンジ君は私にとって太陽だから。私は、彼がいなくなったら、きっと。

『おまえらがくっついたら、それはそれで大変そうだぜ……』
「え?」
『いや、なんでもない』
「オーバ君。デンジ君に無理しないでって伝えてね」
『はいはい。わかりましたよっと』
「ありがとう」
『レインは? 旅は順調か?』
「ええ。今、ミオシティにいるの。ジムバッジも五つ手に入れたのよ」
『へぇ! やるじゃねぇか! ミオシティっていったら次はトウガンさんだろ? はがねタイプは守りが堅いことはもちろん、攻撃力も凄まじいぜ! 頑張れよ!』
「ええ。ありがとう。頑張るわ」
『この調子でデンジもぶっ倒して、俺のところまで挑戦しに来てくれよ!』
「お、オーバ君までそんなこと……!」
『で?』
「え?」
『昔のレインを知っている奴には出会えたか?』
「……ううん。まだなの」
『そうか』
「でも、もう少し、もう少しで何かわかりそうなの」
『本当か?』
「ええ。全部解決したら、ちゃんと伝えるから。そのときは、一番にナギサシティに戻ってくるわね」
『ああ。ただ』
「え?」
『解決する前に、何か躓いたりキツいことがあれば、俺にでもデンジにでもいいから相談しろよ。俺たちはただの幼馴染み以上の存在なんだって、俺は思ってる。一緒に悩むくらいさせてくれよな』
「オーバ君……うん。ありがとう」
『ああ。じゃあ、またな』
「ええ。また、連絡するわね」

 プツリ。余韻を残して電話は切れた。
 本当に、私は恵まれているわ。こんなに素敵な人がたくさんいてくれて、私のことを心配してくれて……。

「シャワー」
「あら。回復、終わったの?」
「シャワッ」

 歩いてきたシャワーズを撫でて、残りの子たちを受け取りにカウンターへ向かう。そして、向かうのはミオシティジム。鋼の戦いが、私たちを待っている。





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