003.炎色と雷色と雨色と


 ソーラーパネルが敷き詰められた道を歩くと、アスファルトの道路を歩くときとは違う音が鳴る。この街のどこを見ても、ソーラーパネルが視界に入らないことはない。
 ここ、ナギサシティはそう広くはない街で、それを補うために立体歩道が造られた。さらに、ポケモンジムやシルベの灯台が使う電気を自ら作り出そうと、立体歩道全てをソーラーパネルにしてしまったのだ。その案を出したのは、改造好きで有名なジムリーダーのデンジ君だった。
 私は、太陽の恵みを受けて光溢れるこの街が大好きなのだ。

「おっ! レイン!」

 私の名前を呼ぶ声に、振り向いた。十年間聞き慣れた声は、振り返るまでもなく誰かわかった。燃えるような赤いアフロがトレードマークの、私の幼馴染の一人――オーバ君だ。
 端から見たら人懐っこいお兄さんという印象を与えるオーバ君も、今やシンオウリーグ四天王の一角というとんでもない地位にいる。熱いほのおポケモンを使って挑戦者の相手をしていて、私も何度か対戦を見たことがあるけど、言葉にできないくらい熱く、凄いバトルだった。

「オーバ君。久しぶり……でもないね。しょっちゅうナギサに戻ってくるものね。イーブイ、ほら」
「ああ。って! ブースター!」

 私の腕の中からイーブイがすり抜けたのと同時に、オーバ君の腰に下げられているモンスターボールのひとつが弾けた。現れたのはブースターだ。私のイーブイはオーバ君のブースターとも仲がいい。二匹はじゃれ合いながら、私たちの後ろをついてきた。
 隣に並ぶオーバ君を見上げると、彼は半分同情したように私を見下ろしていた。

「またデンジのところに呼ばれたんだろ?」
「うん。暇なんだって。オーバ君も?」
「俺もまぁ暇だけど、今日は用があって来たんだよ」
「四天王ってそんなに暇なの?」
「あのな、シンオウ地方最強のジムリーダーが暇。イコール、俺たち四天王も暇なんだぜ」
「……そうね。ジムリーダーを倒さなきゃ、四天王に挑めないものね」
「そういうことだ。たまに挑戦者が来ても、俺の前にはリョウやキクノさんがいるからなー。なかなか俺のとこまで来る奴はいねぇよ。お陰で仕事はほぼデスクワークだ」

 そんな話をしていると、あっという間にナギサジムに着いてしまった。
 正面の自動ドアから中に入ると、アドバイザーがパッと顔を上げた。でも、私たちが挑戦者じゃないことがわかると、また近くのバトルを眺めだした。
 挑戦者がいないわけじゃないみたい。だって、目の前では至る所でポケモンバトルが繰り広げられてるんだもの。ただ、ジムリーダーのところまで辿り着ける挑戦者が少ないんだ。このジムの最奥で気怠げに座ってるデンジ君を容易に想像できてしまう。
 それにしても、ちょっと来ないうちにジムの仕掛けが増えた気がする。前までは動く床なんてなかった、と思う。オーバ君も、呆れたように頭を掻いている。

「着いたはいいけどよ、ここからが面倒だよなぁ。デンジもどこまで改造すりゃ気が済むんだか」
「私、近道を知ってるわ」

 入り口の脇にある、壁を押した。そこには、ほぼ壁と同化した、隠し扉があるのだ。
 私の身長ギリギリに造られた、人一人がやっと通ることができるくらいの狭い通路だけど、そこはちゃんとジムの最奥に繋がっている。身長が高いオーバ君には申し訳ないけれど、裏口に回ったりジムの仕掛けを乗り越えるより、ここを通ったほうが早いから。
 私が先に通路に入ると、オーバ君が身を屈めて後からついてきた。気を抜くと頭をぶつけてしまうようで、度々「いてっ」という声を上げながら、悠々と先を歩くイーブイとブースターを見て羨ましそうに嘆いた。

「今だけ俺も小さくなりてぇ……」
「ふふっ」
「それにしてもデンジのやつ、こんな隠し通路をいつ造ったんだよ」
「つい最近よ。私が「来るたびに仕掛けを越えるのが大変」ってぼやいたら、デンジ君が近道を造るって約束してくれたの。ジムの裏口もあるけど、回り込むより早く着けるんですって」
「……」
「それに私、一回仕掛けで感電しかけたことがあってね。それからは急ピッチで完成させてくれたの」
「まさか、この前ナギサが停電したニュースがあったけどよ、それが原因か!」
「当たり」
「はぁ、あの停電王子サマは……本当にあいつ、レインには優しいよな」
「そうかな?」
「おう。俺とは雲泥の差だぞ。俺なんかアフロをけなされるわ、パシられるわ」
「ふふっ。オーバ君は特別なんだよ」
「レインに対してもな」

 どんな表情をしているのかはわからない。でも、後ろから聞こえるオーバ君の声色には、何か別の意味が含まれているような気がした。
 「何が?」と聞き返そうとしたら、前を歩いていた二匹が、前足で行き止まりの壁をカリカリ掻いてた。そこをゆっくり押してあげると、扉が開ききるのを待ちきれず、二匹は先に通路を飛び出した。
 ナギサジムの最奥。バトルフィールドが広がるその場所には、予想通り気怠げに座っている私のもう一人の幼馴染――デンジ君と、彼のサンダースがいた。イーブイとブースターは、すぐさまサンダースにじゃれついていく。
 デンジ君は私に気付くと微かに笑って、ゆっくり立ち上がった。

「デンジ君」
「ああ、レイン……後ろのアフロはどうしたんだ」
「途中で会ったの。用事があるみたいだから一緒に来たのだけど」
「……アフロ」
「おいおい、デンジ。俺にはオーバという素晴らしい名前が」
「空気読め」
「いてててて!!」

 私の横をすっと通り過ぎたかと思えば、デンジ君はオーバ君の髪を掴んで思い切り引っ張っている。痛そう……と思いながらも、私は止めなかった。だって、これは二人が仲良しの証拠だって知っているから。ちょっとオーバ君が可哀想だけどね。
 二人が騒いでいると、普段はバトルの成績などを映す電光掲示板にパッと人が映し出された。ピカチュウの着ぐるみを被った小さい女の子――チマリちゃんだ。

『デンジー! ごめんなさい、負けちゃったー! 挑戦者来るよー!』
「挑戦者か。まぁいい。挑戦者の一人や二人」
『三人そっちに行くからねー!』
「……」

 オーバ君イジリを止めて、デンジ君は深々とため息を吐いた。

「悪い、レイン。わざわざ来させといて」
「ううん、いいの。でも、ジム戦を見ていってもいい?」
「ああ」
「俺もー!」
「アフロは視界に映ると気が散る」
「ひでぇ!」
「イーブイ、邪魔になるからこっちにおいで」

 素直に私のところに戻ってきたイーブイを抱っこして、オーバ君はブースターをモンスターボールに戻して、二人で観覧席に上がった。デンジ君はそのままサンダースで戦うのか、モンスターボールから出したままだ。

「ったくよ、あいつはいつもアフロアフロ……」
「ふふっ。でも、デンジ君のバトルを見るのって久しぶり。オーバ君はタイミング悪かったね」
「ん?」
「デンジ君に用事があるって言っていたのに」
「用事はあるって言ったけどよ、誰もデンジにとは言ってないぜ」
「え?」
「レインに、だ」

 普段の陽気な雰囲気とは違うオーバ君の真剣な表情に、なぜか少しだけ不安を覚えた。





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