113.銀河の覇者


 遺跡を破壊しようとしていたギンガ団を追い払ったら、さきほどのおばあさんがお礼を言いに来てくれた。話を聞いていくと、なんと彼女がカンナギタウンの長老――シロナさんのおばあさんだったとわかった。
 シロナさんに頼まれたとおり、ヒカリちゃんはお守りを長老に渡した。これは昔々にカンナギタウンで作られたもので、シンオウ地方を創ったといわれている神様に捧げていたらしく、今もシンオウ地方各地で見付かるらしい。
 ギンガ団の撃退とお守りのお礼に、長老は明日カンナギタウンの遺跡を案内し、私たちに神話を聞かせることを約束してくれた。そしてポケモンセンターではなく、畳の匂いがする寝床を用意してくれたのだ。
 珍しく、早朝に目が覚めた。シャワーズよりも早く起きるなんて、本当に珍しいことだ。私はうんと背伸びをして、ワンピースに着替えてブーツを履いた。せっかく早くに起きたのだし、周辺をぐるりと散歩してみようと思ったのだ。
 まだ眠っているヒカリちゃんを起こさないように、戸にそっと手をかけると、モンスターボールの中から視線を感じた。ランターンとジーランス、そしてミロカロスの年長組だ。「何かあっては困るから自分たちを連れて行け」と言わんばかりの眼差しだ。苦笑を一つ零して、三つのモンスターボールをバッグに入れると、今度こそ私は外に出かけた。

「静かね……とっても……」

 まだ朝も早いせいで、何もかもが眠っているように静かだった。気温は低く鳥肌がポツポツと腕に浮き出る。濃霧が町の中まで発生していて、白い帳が降りているかのようだ。
 どこを歩いているのかよく把握できないうちに、私たちは町を半周して昨日の遺跡の前にやってきた。近くまで寄れば、霧の中でもその姿が見て取れる。遺跡の入り口の両脇にある壁画には、それぞれ違うポケモンとズイの遺跡で見たものと同じ文字が描かれていた。

「これは、大昔のポケモンかしら。ジーランス、知ってる?」
(いや、自分が生きていた頃には見なかった)
「そう。ハクタイシティで見たポケモン像と同じポケモンかしら」
(似てると言えば、似てるわね)
(凄いですね。壁一面に掘られてる)
「……『空間とは全ての広がり。そして心も空間……』『時間とは止まらないもの。過去と未来、そして今……』」

 好奇心に負けて、私は遺跡の中に足を踏み入れた。
 入り口と比べて、想像していたよりも中は広い。高さは五、六メートルはあるだろうか。直径十メートルほどはある歪な円をしたような空間だ。壁に掛かる松明が神々しく燃えて、遺跡内と最奥にある巨大な壁画を照らしている。

「何かしら。三角形に並んだ三つの何か……そして、何かが中央で光ってる……?」
「気になるかね?」

 自分以外に誰もいるはずがないと思っていた私は、大きく肩を震わせた。長老が私のあとを追って、遺跡に入ってきたのだ。

「すみません。勝手に入ってしまって」
「いいんじゃよ。そうだな、カンナギに伝わる話を聞かせよう」

 長老は壁画を眺めながら、目を細めて静かに語り出した。

「……そこには神がいた。それらは強大な力を持っていた。その力と対になるように、三匹のポケモンがいた。そうすることで鼎の如く均衡を保っていた……」
「三匹のポケモン……?」
「そのポケモンが生まれて知識が広がり、わしたちは豊かになった。そのポケモンが生まれて感情が芽生え、わしたちは喜び悲しんだ。そのポケモンが生まれて、わしたちは何かを決意し行動するようになった。シンオウ地方の三大湖にいるとされているポケモン。ユクシー、エムリット、アグノムのことだと言われている」
「その話、詳しく聞かせてもらいたい」

 再び聞こえてきた第三者の声に、私の体は先ほどと全く違う反応を見せた。心臓は大げさなほどに煩く鳴り、手には冷や汗をビッショリとかき、足が小さく震えている。
 アカギさん、だ。

「誰だい……?」
「わたしの名前はアカギ。下らない争いをなくし理想の世界を作るための力を探している。そこで聞きたい。今のこの世界は三匹のポケモンによってバランスが保たれているため、変わらないということだな」
「どうだかねえ……。世界のバランスは保たれておる。そして、わしはこの世界に満足しているからねえ。あんたの質問に興味はないよ」
「……とぼけるつもりか」

 質問を流されても、変わらない表情が、逆に怖い。アカギさんはなお、冷たい言葉の雨を私たちに浴びせてくる。

「理解できない思考だ。今の世界が不完全なのにおかしいと思わないとは……」
「不完全な、世界?」
「そうだ。だから、わたしは世界を変える。その手始めに、おまえたちが長年守ってきたこの壁画を壊す」
「「!」」
「ここには新しい世界の新しい神話を残せばいい」

 アカギさんはゆっくりとモンスターボールを手に取り、見せつけるように私たちへと向けた。彼が行う一連の動作を見ながら、長老は呟いた。

「その壁画は古いからただ大事にしているわけではない。いくつもの想いが込められている。だから大事にしてきたんじゃよ」
「長老さん……」
「そんなこともわからない人間がどんな世界を望むというのかい……」
「……っ」

 怖い。震えが止まらない、でも。
 私はモンスターボールの中に目配せをした。三匹は同時にコクリと頷いた。
 震える足に鞭打って、私は、壁画を守るように両手を広げた。冷たい眼差しに曝されて、緊張して喉がカラカラだ。それでも、必死に声を振り絞った。

「貴方は、間違っています」
「……シンジ湖、テンガン山で出会ったトレーナーか。なぜこの不完全な世界を守ろうとする」
「……私は、完全な世界なんて、あり得ないと思うから……例え不完全でも、人間もポケモンも一生懸命に生きている大切な世界だと思うから……だから、守りたいんです」
「愚かな。それが間違いであることを、ギンガ団のボスであるこのわたしが教えてやろう」

 ギンガ団の、ボス……! ああ、だからか。
 左胸に付いたGの勲章。そして、シロナさんが言っていた「アカギさんが私の記憶に関係がある人でも関わらないほうがいい」という忠告。それら理由が、今、ようやくわかった気がした。





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