109.辿り着いた答え


 深夜、雨の音で目が覚めた。喉の渇きを覚えて、サイドテーブルに置いておいたおいしいみずを一口含む。渇きが一瞬で潤され、深く息を吐く。ふとベッドの脇に視線を送った。

「え……?」

 シャワーズの隣で寝ていたはずの、トリトドンがいない。あの子がいたであろう場所には、空白が存在しているだけだった。
 ベッドから降りて、寝ているシャワーズの体を控えめに揺すり動かした。寝ぼけ眼が私を見上げる。

(マスター……?)
「シャワーズ。トリトドンを知らない? どこにもいないの」
(知らない、よぉ……)
「どこに行ったのかしら……」
(探しに行くの? シャワーズも、行く)
「シャワーズ。夜も遅いし、貴方は寝ていても」
(やだ。また、マスターが、倒れたら、マスター、一人になるもん)
「シャワーズ。……ありがとう」

 シャワーズと共に部屋を取び出した。夜勤のジョーイさんに聞くと、一時間前くらいにポケモンセンターの外に出ていくトリトドンを見かけたとのことだった。声をかけても反応がなかく、思い詰めたような表情をしていたらしい。
 ありがとうございましたと頭を下げて、外に向かう。「熱は大丈夫? せめて傘を!」と言われたけれど、それより一刻も早く、トリトドンを見付けないと。昼間から様子がおかしかったし、思い詰めたって……まさか、一人で212番道路に?
 サヨナラも言えないなんて、そんなの、イヤだ。

(マスター。濡れちゃうよ? お風邪、大丈夫?)
「いいの。今は私なんかのことよりトリトドンを」

 『オレは、おまえのそういうところだけは、大嫌いだ』
 あ……。昔、デンジ君から、言われた、言葉。あの日も確か雨が降っていた。自分より他人を優先させ、自分を大切にしないところが、嫌い、だって、言われた。
 そのときは泣いちゃったけど、そのあとに抱きしめられて、初めてその言葉の意味がわかった。……優しいよね、デンジ君。だって、それって、私のことを想ってくれているってことだから。
 でも、やっぱり、すぐには直せそうにないよ。私には大切な人やポケモンがたくさんいるから。

「212番道路に行ってみましょう」

 濡れるのも構わずに、走り出す。水溜まりがバシャバシャと跳ねて、すぐにブーツがぐっしょり濡れた。
 トリトドンが進むスピードだから、そう速くはないはず。時間差はあるけれど、きっと私でも追いつける。
 ノモセを西に行ったところから続く212番道路の南側は、いつも大雨が降りしきっている。212番道路に入ってからは比じゃないくらいにずぶ濡れて、体の芯まで冷えたけど、そんなこと気にしない。
 トリトドン……! 悲しいけど、お別れくらい、ちゃんとしたい。

「どこ……? トリトドン!」
(トリトドンー!)

 私も、シャワーズも、何度もその名前を叫び続けた。滝のような雨音にかき消されて、トリトドンまで届いているかわからない。そもそも、届いていたとしてトリトドンが出てきてくれるかも、わからない。
 それでも、叫ばずにはいられなくて、何度も何度も、声を張り上げた。

「ブイブイー!」
「!?」

 そのとき、野生のブイゼルの群が私たちの目の前を塞いだ。『力』を使うまでもなくわかる、みんな、怒っている。どうやら、眠っているところを起こしてしまったらしい。

「ご、ごめんなさい。あの、私たち、住処を荒らすとかそんなつもりは」
「ブイブイッ!」

 リーダー格のブイゼルが、アクアジェットで突進してきた。寸前のところでシャワーズが技を受けてくれて、私は何とか無事だった。ポケモンではない私が技を受けてしまったら、きっと、骨まで砕かれていた。

「し、シャワーズ!」
(マスター! 指示出して!)
「え、ええ。オーロラビーム!」

 わかってはいたけれど、みぶタイプのブイセルにこおりタイプのオーロラビームはあまり効いていない。ブイゼルもみずタイプの技を多く使うだろうから、特性が貯水であるシャワーズにはほとんど効かず、条件としては一緒だ。でも、この数を相手するには分が悪すぎる。
 そもそも、ブイゼルたちは何も悪くないのに攻撃するなんて。……どうしよう、どうしたら。ああ、数年前のあのときと同じ、デジャブ。
 そのとき、電気を帯びた玉が複数飛んできた。苦手なでんき技に怯み、ブイゼルたちは水の中に引っ込んだ。この技は知っている、めざめるパワーだ。これを誰が使っているのかも、知っている。
 振り向けば、思った通り、そこにはトリトドンがいた。

「トリトドン……」
(何してるんだよ!? 熱があるくせにびしょ濡れになって! ボクのこと探しにきて!)
「だって、貴方が、黙って、いなくなるから」
(どうせここでバイバイしようとしてたんだろ!? じゃあ別に気にすることないじゃん! ボクがいなくなっても!)
「トリトドン」
(昼間、ボクが前のトレーナーのところに帰らなかったとき、残念そうな顔をしてたくせに! そんなに早くボクにいなくなって欲しいワケ!?)
「違うわ!」

 違う、そんなことがあるはずない。だって私、ずっと一緒にいたいって、このまま旅を続けたいって、そう思ってた。でも、トリトドンは野性に帰りたがっていたから、何も言えなくて。
 ……この子は、何かを誤解してる。そして、恐らく私も、

「私、本当に最近まで忘れていたの。貴方が一時的な仲間だってことに。だって、貴方との旅がすごく楽しくて、ずっと一緒にいられるって思っていたから」
(!)
「だから……」

 自然と『力』が発動した。トリトドンの想いが、心の中にすっと入ってくる。
 野生に帰りたくない。寂しい、離れたくない、みんなと一緒に旅したい。そんな想いが伝わってくる。
 ポケモンが拒絶するなら、私が無理強いしない限り、気持ちを読むことができない。想いが私の中に自然に入ってくるということは、トリトドンが私に知って欲しいと強く思ってるから。
 トリトドンは照れくさそうにそっぽを向いた。

(……あんたの『力』って、便利なんだか厄介なんだか)
「トリトドン……」
(ボクにはあんたみたいな『力』なんてないから、思ってることはちゃんと言ってくれないとわかんないんだけど!)

 ……うん、そうよね。お互い、誤解してたってわかってる。意地っ張りなトリトドンがここまで素直になってくれた、それだけでこんなに嬉しい。
 だから、今度は私の番。

「トリトドン。さっきは助けてくれてありがとう。やっぱり、私たちには貴方が必要だわ。ね? シャワーズ」
(うん! トリトドンは強いし、一緒に遊んでくれるから、これからも一緒だとシャワーズも嬉しいよ!)
「私からもお願い。ずっと、貴方と一緒に旅していたいの。これからも私についてきてくれる?」
(……ふん! そこまで言われたら仕方ないなぁ! あんたのこと、正式にボクのマスターって認めてあげるよ!)

 相変わらず意地っ張りなこの子を、ぎゅっと抱きしめたら、角がピクピクと動いた。この子の癖、嬉しいときや恥ずかしいときの照れ隠し。とても嬉しくて、とても愛おしい。これからは、ずっと一緒にいるからね。





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