105.始まりのカウントダウン


「ギンガ団!」
「げっ。追いかけてきていたのか! 新しい世界、新しい宇宙を創るボスの計画が………」

 宇宙を創世する……? 確か、ハクタイシティのギンガ団ビルに潜入していたハンサムさんも、そういう情報を得たと聞いた。
 そんな妄想じみたこと、できるわけがない。そう思うけれど、彼らの願望のせいで今ある私たちの世界が傷付いているとしたら……。

「仕方ない! バトルでコテンパンにしてやる! グレッグル!」
(マスター!)
「待って。この子に……ラプラス!」

 ラプラスを繰り出せば、こおりタイプが持つ空気によって周囲の気温が一気に下がった。ラプラスとはまだ戦ったことがないけれど、目を閉じて『力』を使えばこの子のレベルや技を把握することができる。
 ラプラスは、チャンピオンロードから来ただけあってレベルが高く、強力な技をいくつも覚えている。この子の力を借りて、ギンガ団を、倒す。
 今まで感じたことのない、激情が私の中で高ぶっている。破壊された大湿原。傷付いた人たち、住処を奪われたポケモンたち。きっと、怪我だけで済まなかった人やポケモンもいるはずなのだ。
 それに、あのウパーの親子は無事かしら。せっかく再会できたのに、大切に想う相手にようやく会えたのに……許せない。

「ラプラス! ぜったいれいど!」

 ラプラスが最大三つ覚える一撃必殺の一つ、ぜったいれいど。零下二七三度の空気がギンガ団のグレッグルを包み込み、瞬間的に凍らせる。抗う間もなくポケモンを戦闘不能にされたギンガ団は、悔しそうに歯を食いしばりながらグレッグルをモンスターボールに戻した。

「くそっ……これは渡さない……せめて幹部に……!」
「!」

 煙玉が地面に叩きつけられて破裂し、またしても視界が煙幕に覆われた。微細な粒子が喉奥まで流れ込み、思わず咽せる。
 また、ギンガ団を逃がしてしまった……

「レインさーん!」
「ヒカリ、ちゃん」
「ギンガ団は!?」
「追い詰めたんだけど、でも、逃がしちゃって……ごめんなさい」
「あら?」

 コツリ、コツリ。高いヒールが鳴る音と、アルトの声が聞こえてきて、私たちは振り向いた。長い金髪と黒いロングコートを靡かせた、シロナさんがそこに立っていた。

「「シロナさん!」」
「レインちゃんにヒカリちゃん、久しぶり。二人とも知り合いだったのね。あ、ヒカリちゃん、あたしがあげた卵はどう?」
「はい! 元気なポケモンが生まれました」

 上空から降りてきたトゲチックを抱きしめて、ヒカリちゃんは嬉しそうに笑った。それを見たシロナさんも、安心したように微笑んだ。

「トゲチックはね、優しい人の傍にいないと元気がなくなっちゃうの。きみに卵をあげてよかった。大切にしてあげてね」
「はい! シロナさんはどうしてここに?」
「あたしは湖の言い伝えを調べに来たんだけど……今は入れないみたいね」
「言い伝え?」
「湖の中に島があって幻のポケモンがいるの。だから人は入っちゃいけない場所があるんですって……」
「幻のポケモン……」
「そうだ! 話、変わるけど……」
「おーい! ヒカリ! レイン!」

 全力疾走してやってきたのは、ジュン君だ。どうやらノモセシティからここまで休む間もなく走ってきたらしいけど、彼は息一つ乱す様子もなく、私たちの前で止まると話し出した。

「逃げたギンガ団どうなった? あれ? ヒカリ、おまえにネーチャンいたっけ?」
「いないわよ」
「えっ、違う!? まあいいや! ギンガ団は?」
「ごめんなさい。取り逃がしちゃったの」
「そっか……あ、でもあまり気にすんなよ! 大湿原の爆発さ、あれ一発だけだったっぽい。怪我した人やポケモンはジョーイさんたちが総出で手当しているし……あ、大湿原にはしばらくは入れないらしいけど……マキシさんがそう伝えてくれってさ」
「そっか」
「あのウパーの親子も無事だったぜ!」
「よかった……」

 ウパーの親子、無事だったのね……それが本当に一番気がかりだったから、よかった……。なんだか、安心したら、また、頭がクラクラして、視界が、ぼやけてきた、ような。
 「それにしてもさ、ギンガ団ってむちゃくちゃだよな! 今度見付けたらおれがボコボコにやっつけてやるぜーっ!!」と豪語したジュン君が、またノモセシティのほうへと走り去っていった。「きみの友達? 元気というかせっかちさんね」「すみません……」恥ずかしそうに謝るヒカリちゃんに、いいのよと笑いかけて、シロナさんは続きを紡いだ。
 「でね、さっき言い掛けたことなんだけど、210番道路のコダックの群を見た?」「あ! 見ました! 210番道路にある喫茶店の隣で、コダックたちが寄り添って頭を抱えていて」「そう。でね、コダックたちにこれを使うといいかもよ。二人ともポケモン図鑑作ってたよね。行ってみたらどうかな?」そんな会話のあと、ヒカリちゃんがシロナさんから何やら手渡されたように見えた。
 「あたしも昔、図鑑を持って冒険したの。全てのポケモンに出会えるといいね! そうしたら幻のポケモンの秘密がわかるかもしれないし」「幻のポケモンかぁ! 会ってみたいなぁ! ね、レインさん……レインさん?」「レインちゃん!」そこで限界が来て、私の思考は働くことを止めて、体の機能を停止させた。
 遠ざかる意識の中、冷たい地面の感触を頬に感じながら、ヒカリちゃんとシロナさんが何度も私の名前を呼ぶ声だけが、最後まで聞こえていた。



Next……ノモセシティ


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