103.破壊の音色


 ジム戦を終えた翌朝、ポケモンセンターの食堂でミルクティーを飲みながら、私は地図と睨めっこをしていた。
 といっても、頭の中は飽和状態。なんだかフワフワとしていて、思考回路を上手く繋げられず、目に入ってくる地形の情報も脳まで到達させることができずにいる。まるで、周囲のものがグラグラと動いているみたい。

(マスター。今日はどこに行くの?)
「……そうね。どうしよう、かしら」

 結局、今日はどこに向かうか計画を立てられないまま、私たちはポケモンセンターを出発した。今日もポカポカとしたいい天気だけど、少しだけ風が強くて、小さく身震いすると同時にくしゅんとくしゃみを一つ。
 ノモセジムの前までくると、そこではヒカリちゃんとジュン君が立ち話をしていた。みんなが一つの街にこうも長く留まるなんて、珍しい。

「おはようございます! レインさん」
「よっ!」
「おはよう、二人とも……」
「……? レインさん、目がトロンとしてますけど」
「そう?」
「まだ眠いんじゃねぇか? シャキッとしろよー!」

 ジュン君から背中を容赦なく叩かれて、私は数歩よろめいた。クロガネジムのときも思ったけれど、ジュン君、早起きというか朝から元気というか……。

「この前のサファリゲーム、途中で中断になったろ? また今日やり直そうってヒカリと話してたんだ!」
「レインさん、今からジム戦ですか?」
「ううん。ジム戦は、昨日、終わらせたわ」
「おっ! ジムバッジもらえたか! どうだ! マキシさん、いや、おれの師匠すごいだろ!」
「騒がしいと思ったらお前たちか」

 自動ドアが左右に開き、中からマキシさんが姿を現した。顔を輝かせたのは、ジュン君だ。

「あっ! 師匠!」
「……確かにお前の父親とは知り合いだがなぁ、弟子入りを認めた覚えなんぞこれっぽちもないぞ。レインなら考えてやってもいいがな」
「わ、私ですか?」
「昨日のバトルでよくわかった。お前のみずポケモンはよく育てられている! トレーナーの指示以外でも最善の技を選び実行し、トレーナーの危機には全力で助ける! 素晴らしいじゃないか! どうだ? ノモセシティジム、次期ジムリーダーを目指して修行してみらんか?」
「じ、次期ジムリーダー!?」

 わ、私が? ジムリーダー? デンジ君みたいに、挑戦者たちの力をはかる、ジムリーダー?
 そ、そんなのできっこない……! ああ、なんだか、眩暈が酷くなった気がするわ。

「レインさんすごーい!」
「なんだってんだよーっ! レイン、ずりーよーっ!」
「お前は次期タワータイクーンを目指せばいいだろう」
「あー……タワータイクーンかぁ」
「?」

 タワータイクーンといえば、バトルフロンティアのバトルタワーを治めるフロンティアブレーンの一人だったと思うけれど……?
 どうしてそこでタワータイクーンが出てくるのかわからずに首を傾げる私に、ヒカリちゃんが耳打ちした。

「ジュンのお父さん、バトルフロンティアのフロンティアブレーンなんですよ。バトルタワーの頂点、タワータイクーンのクロツグさん」
「……えええ!?」

 あのクロツグさんがジュン君のお父様……!? 言われてみれば、二人とも同じ金髪だし、似ている、かもしれない。クロツグさんも、少しだけせっかちな性格をしていた気がする。
 それにしても……ヒカリちゃんといい、ジュン君といい、みんなすごい人をご両親に持っているのね。

「とにかく、ここで話されていると邪魔だ! 大湿原にでも行ってこい!」
「そう、あたしたちもそのつもりだったんですけど、大変なんです!」
「どうしたの?」
「さっき大湿原のゲートにヒカリと行ってきたら、ギンガ団がいてさ! 爆弾を使うとか物騒なことブツブツ言ってたんだ!」
「なんだとお!!」
「爆弾!?」

 トバリでギンガ団が言っていた「ノモセに運んだ例のぶつ」って……爆弾のことだったの!?

「ノモセを荒らす奴はこの俺様が許さんっ!」
「あっ! 師匠! 待ってくれよー!!」
「レインさん! あたしたちも行きましょう!」
「ええ!」
「シャワ!」
「ポチャポチャ!」

 マキシさんとジュン君に続き、私とヒカリちゃんも全速力で走った。
 爆弾なんて……そんなもの使って、いったいどうする気? ギンガ団が得ようとしているエネルギーと何か関係が……?

「?」

 グレッグルの顔出し看板の前を走り抜けようとしたとき、視界の隅にあるものが飛び込んできて、思わず硬直した。グレッグルの顔となる部分から顔を出していたのは、先を走っていたはずのジュン君で……。

「じゅ、ジュン君……」
「どう? 似合ってる? それにしてもグレッグルいいよなー。大湿原に入り浸っても全然出てこなくてよ」
「ジュン! あんた何を呑気なことしてんのよ!!」
「ヒカリ! 何でそっちから話しかけるんだよー!? っててて! 耳ひっぱんな耳!」
「ポッチャー!」
「あー! 悪かったって! ポッチャマもつつくな!」

 この非常事態に遊んでるなと言わんばかりに、ヒカリちゃんは看板の横側からジュン君に怒号し、耳を思い切り引っ張ってそこから連れ出した。……女の子は強い、わね。
 赤く晴れ上がった左耳と、ポッチャマにつつかれたお尻をさすりながら、ジュン君は再び走り出した。
 大湿原のゲート前にはすでにマキシさんが到着していて、辺りを警戒していた。

「で、ギンガ団はどこ……」

 マキシさんがそう言い掛けた、そのときだった。
 耳をつんざくような、地響きが、私たちのところまで届いたのだ。





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