102.深海に眠った忘れ物


「今の! いい攻撃だったな! しかし、こいつにも通用するかぁ!?」

 マキシさんが最後に繰り出してきたのは、彼のパートナーポケモンであるフローゼルだった。みずポケモンの中では素早さが高い部類に位置し、マキシさんに鍛えられていることもあり全体的に能力が高いみたい。私の手持ちの子たちでは、先手を取ることは難しい。

「しおみず!」

 素早く繰り出された水の特殊技を受けて、ミロカロスはその場にうずくまってしまった。しおみずは攻撃対象となるポケモンの残り体力で威力が決まる技。体力が少ない相手ほど威力を発揮し、最高威力だとハイドロポンプにも匹敵するダメージを与えられるらしい。アクアリングをまとっていたとはいえ、ミロカロスはギャラドス戦のダメージがたまっていたから……。

(すみません。僕、役に立てなくて)
「ううん。こちらこそごめんなさい。私の読みが浅かったわ……ゆっくり休んで」

 ミロカロスをモンスターボールに戻し、再度ランターンを繰り出した。フローゼルはヌオーと違って、完全なるみずタイプのポケモン。でんきタイプの技で弱点を突き、一気に決める。

「アクアジェット!」

 アクアジェット――でんこうせっかのみずタイプ版といえる技だ。水を纏ったフローゼルは、目にも留まらぬ速さの先制攻撃を繰り出し、ランターンへとぶつかってきた。
 みずタイプのポケモンにみずタイプの技を繰り出しても、大したダメージにはならないはず。「頑張って、耐えて!」と叫んだあと、私はいつもの技を出すよう指示した。

「そのまま、でんじは!」

 至近距離からの麻痺攻撃。技が命中したフローゼルは、もう素早く動けない。

「決めましょう。シグナルビーム!」
「なぁに! これからが盛り上がるところ! 躱してアクアジェット!!」

 さすが、マキシさんが鍛えているポケモンだ。麻痺状態にも関わらず、フローゼルはランターンが放った光線を避けて、再びこちらへ突っ込んできた。技を放ったばかりで、受け身をとる間もなかったランターンの体は吹き飛ばされ、バトルフィールド外へと向かう。
 その、ランターンが吹き飛ばされた方向というのが――私が立っている場所だったのだ。
 技に巻き込まれた私の体も一緒になって吹き飛び、深いプールへと落ちていく。

「……っ!」

 目の前が真っ暗になった。広がっているのは青い世界のはずなのに、私の目に浮かぶのは、あの嵐の夜の、暗い水の世界。体が水分を含み、着ている服が重くなっていき、どんどん水面から遠ざかっていく。まるで、死神に髪を掴まれて水底に引きずり込まれていくように。
 息ができない、怖い、怖い、こわいこわいこわい……っ!
 足をバタつかせて抗うこともできずに、遠ざかっていく意識と光に手を伸ばし、恐怖に飲まれていく。
 そのとき、私の体をゆっくりと押し上げてくれる感覚を背中に感じた。なぜか、それがとても懐かしく思えた。
 気が付いたときには、私の体はバトルフィールドに打ち上げられていた。目の前が真っ白になってチカチカと点滅する。浅い呼吸を繰り返し行い、酸素を体内に取り入れるのに必死になった。

「ごほっ! こほっ! や……っ!」
(レイン)
「怖い。怖いの、溺れるの怖い、怖い……っ!」
(レイン!)

 ぺちり、と軽く頬を叩かれた。ハッとして目を見開けば、目の前にはランターンの顔があった。少しずつ、本当に少しずつだけど、震えと涙が引いていく。

(はい、深呼吸して)
「……っ、はぁ……っ」
(息、できるでしょ? もう大丈夫)
「ランターン」
(バトル、戻るわよ)
「……ええ」

 ランターンの言葉と、胸一杯に吸えた空気のお陰で、何とか自分を取り戻すことができた。まだ少しだけ足は震えているけれど、自分の力で、立つ。

「レイン! 大丈夫だったか!?」
「はい。バトルを中断させてしまってすみません」
「よぉし! 決めるぞフローゼル! アクアジェット!」

 三度目となる、渾身のアクアジェットが炸裂した。でも、ランターンも今度は持ちこたえてくれた。すでに麻痺状態が解けているフローゼルは、もう次の技を繰り出す体勢に入っている。

「そのまま、かみくだく!」
「させない! 電気を蓄えて、ほうでん!」

 ランターンからフローゼルへと、電撃が直にそそぎ込まれる。効果は抜群……これで、決まった。
 フローゼルは目を回してしまい、その場に仰向けに倒れてしまった。私たちの勝ち、だわ。

「ランターン! 私たちの勝ちね!」
「おわっ! 終わっちまったか!なんというか、もっともっと戦いたかった。そんな気分だ!」

 互いにポケモンをモンスターボールに戻し、改めてマキシさんと向かい合った。マキシさんは、すごく清々しい表情で笑っている。

「まぁ、結果はこの通りだが、お前と戦えてものすごぉく楽しかった! なのでこれを渡そう! フェンバッジだ!」
「ありがとうございます」
「いいか! どんな戦い方でどんな風に勝つかはトレーナーそれぞれだぁ! その中で俺様はぁ、勝ったほうも負けたほうも楽しかった! そう言えるポケモン勝負をしたい! また再戦するぞぉ!」
「はい。是非、よろしくお願いします」
「今日はゆっくり休めよぉ! ポケモンだけでなくお前もな! 風邪を引くなよー! 健康第一だぁ!」
「ふふ。はい。本当にありがとうございました」

 手に入れたフェンバッジをトレーナーケースに大切にしまい込んで、私たちはノモセジムを後にした。
 今回はバトルに参加しなかったシャワーズも、嬉しそうに私の前をスキップしている。私は、今回一番の功労者であるランターンのボールを手に取り、微笑みかけた。

「ありがとう、ランターン。貴方がいなかったらどうなってたか」
(大げさよ)
「ううん。本当にそう思うの。水中から私を押し上げてくれたことも、本当にありがとう」

 あのとき、体が感じた懐かしい気持ちはわからないけれど、ランターンは旅をしてからもナギサシティにいた頃もずっと、私のことを支えてくれている。
 本当に、ありがとう。感謝の気持ちをいっぱいにして、私はランターンのモンスターボールをぎゅっと胸に抱いた。
 冷えた体に風を受けて、くしゃみを一つ。体を縮こまらせながら、私たちはポケモンセンターに帰っていった。





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