001.これが私の世界


 今から十年くらい前になる。幼かった頃の私は、どちらかというと内気な性格で、友達も多くはなく、独りでいることが多かった気がする。
 ううん、独りでいたかったわけじゃない。身寄りのない子供やポケモンたちが集まって暮らす孤児院の中で、私は自然と独りになっていた。
 子供というものは無邪気さ故に、ときに残酷にもなれる生き物だ。少しでも自分たちと違う、異質なものには距離を置き、興味本位で虐げる。
 私に対しても例外じゃなかった。孤児院にいた子供たちの多くは、私の『力』を羨み、妬み、怯えた。話しかけてくれても、どこか距離を置かれている気がしてならなかった。
 でも、彼らは違ったの。いつも孤児院を訪れてくれる二人の男の子。二人が来てくれるこの時間が、一日の中で一番の楽しみだった。

「おーい! レイン! 遊びに来たぜー!」
「オーバ、声がでかい。今の時間、昼寝中の小さい子供たちが起きるだろ」

 真っ赤なアフロヘアが特徴的で、いつも元気なオーバ君。そして、太陽にも似た金髪の、少し気怠げな雰囲気を漂わせるデンジ君。十二歳の、二人の男の子ち。
 二人と、二人のポケモンに会うときが、いつも楽しみだった。彼らだけは、私の『力』を知っても、態度を変えないでいてくれたんだ。

「オーバ君、今日はなんだかすごく嬉しそうだね」
「おっ! わかるか? 実はな、シンオウ地方にはあまりいないポケモンを育てることになったんだ! デンジもだぜ!」
「デンジ君も?」
「ああ」
「カントー地方のポケモンなんだけどさ、進化の可能性が何通りもあるポケモンらしいんだ! そのポケモンを、将来有望なトレーナーに預けて、シンオウ地方じゃどんな進化をするか試そうってわけだ!」
「それで、オレやオーバを含めた数名のトレーナーがそのポケモンたちの親になるんだ」
「そうなんだ」
「どんなポケモンなんだろうなー! 楽しみだなっ、ブビィ!」

 そう言って、オーバ君はパートナーのブビィを抱き上げた。本当に、嬉しそうに、笑って。普段はあまり表情を変えないデンジ君も、心なしか目をキラキラさせて、パートナーのエレキッドの頭を撫でている。
 トレーナーではない、むしろ自分のポケモンが一匹もいない私にとっては、無縁の話だ。そんな私に、こんな『力』があっても、無意味なのに。
 でも、本当は羨ましく思うの。トレーナーとポケモンとの間に生まれる、強い絆。
 デンジ君やオーバ君みたいな、本当にポケモンのことが大好きな人たちを見ていると、私もそんな風になれたらなって、思ってしまう。孤児院には、お手伝いをしてくれるポケモンや、子供たちと遊んでくれるポケモンがいるけれど、自分のポケモンとは違うから。

「……いいなぁ」

 無意識のうちに、ぽつりと呟いた言葉。それは誰に聞こえることもなく、宙に消えたと思っていた。

 ――数日後、デンジ君が孤児院を訪れるまでは。

「レイン」
「あっ、デンジ君。こんにちは。今日は一人なの?」
「ああ。今から隣町までジム戦をしに行ってくる」
「そっか。隣っていったらノモセシティだよね? 初めてのジム戦、頑張ってね」
「ああ。あそこのジムリーダーはみずタイプ使いだから、エレキッドに頼ることになりそうだ。それで、だ」
「?」
「その前に、レインにこれを渡しておこうと思って」

 そう言って、デンジ君は私にあるモノを手渡した。表面が少しザラザラした、丸いモノ。
 どこからどう見ても、これはポケモンのタマゴだった。

「え……?」
「この前オーバが言ってたポケモンが、カントーから船で来たんだよ。その道中、何があったのか、その中の一匹のメスがタマゴを持っていたらしい」
「それが……このタマゴ?」
「ああ。引き取り手がいないって言うから、オレが貰ってきた」
「なんで、私に……?」
「レインなら、大切に育ててくれるだろうと思ったんだ」

 そう言って、デンジ君は綺麗に微笑んだ。ああ、貴方にはきっと、私の呟きが聞こえていたのね。

「……ありがとう」

 腕の中の温もりと重みが、命を持っていることを実感させる。今から生まれてくるポケモンの親は、私なんだ。言いようのない気持ちが、胸の中に溢れかえった。
 それからはずっと、タマゴと一緒にいた。眠るときも、料理の手伝いをするときも、勉強の時間も、いつも隣に置いていた。
 デンジ君が「元気なポケモンの側に置いたほうがいい」って言っていたから、孤児院のポケモンと一緒にタマゴを撫でてあげたりもした。

 ――そうして、数日後。部屋で静かに本を読んでいた私は、パキパキ、という音で思わず本を落としてしまった。

「あ……!」

 私はすぐにタマゴが入ったバスケットを抱えて、孤児院を飛び出した。勝手に孤児院を出たこと、あとから母さんに怒られるだろうけど、今はそんなこと考えていられない。
 ソーラーパネルが敷き詰められた道路の上を、息を切らして走った。パキパキ、パキパキ。バスケットの中のタマゴに入った亀裂が、どんどん大きくなっていく。

「デンジ君! オーバ君!」

 浜辺で、ようやく目当ての人物を見つけた。二人は互いの、茶色い小さなポケモンを戦わせていたけど、私の声に視線を向けてくれた。
 パキパキパキッ!
 タマゴが大きな音を立てて割れ、そこから光が溢れかえる。オーバ君が何か興奮したように叫んでいたけど、目の前の光景に気を取られている私には聞こえなかった。
 生まれてきたつぶらな瞳と、視線が交わる。それは、今デンジ君たちの足下にいる二匹と、同じ姿をしたポケモン。私が初めて親になった、大切なパートナー。
 それは――


* * *
 

「ブイーッ!」
「きゃあっ!」

 横たわっていた体にのしかかる重みと、高い鳴き声で飛び起きた。同時に、私を起こしてくれた茶色いポケモンは、コロンとベッドの上を転がった。
 慌てて枕元の時計を見たら、目覚ましの設定時間から十分が過ぎていた。どうやら、アラームを止めて二度寝してしまったらしい。
 私は手を伸ばして、茶色いポケモンを抱き上げた。

「起こしてくれたのね。ありがとう。みんなの朝ご飯を作らなきゃいけないのに、寝坊するところだった」
「ブイッ!」
「さあ、行きましょう」

 あれから十年。私はまだ、孤児院のお手伝いさんとしてここにいる。でも、変わった事もたくさんあるの。
 性格があの頃より明るくなれたのは、この子のおかげ。こうして、あのときタマゴから孵った私のパートナー――イーブイが隣にいてくれることが、一番大きな変化のひとつ。





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