97.夢を乗せて水平線を往く


 予想外に『力』を使ってしまう出来事があった昨日は、ホテルに戻ってシャワーを浴び、死んだように眠った。柔らかいベッドと、美味しい食事に癒されて、グランドレイク三日目の今日はまたいつもの体調に戻すことができた。
 今日からまた、旅を続けなくちゃ。タウンマップを広げて、次の街への道のりを再確認する。

「西へ行けばノモセシティ、東へ行けばナギサシティ……」

 左か、右か。正直、惹かれたのはナギサシティへと続く222番道路のほうだ。気持ちが揺らぐ。ナギサシティのみんなに会いたい。デンジ君に、逢いたい。
 222番道路の入り口に向けて、ふらりと一歩を踏み出した。そのとき、知らない男の人が私の前に立ちふさがった。

「きみきみ! ナギサシティに行くつもりか?」
「あ……」
「ナギサシティはダメだ! 数日前に大停電が起こったらしくて、復旧作業が終わっていないんだよ!」
「て、停電? そんなに酷い停電なんですか?」
「ああ。入門ゲートも開かないから街に入れないしな。復旧の見通しは立っていないらしい。空を飛べるポケモンでもいればいいのだが」
「……」

 わざわざ教えてくださってありがとうございました、と男の人に頭を下げて、踵を返した。
 ナギサシティが大停電に陥るなんて、ナギサの住民ならさほど珍しいとも思わないこと。ジムリーダーのデンジ君が大の改造好きで、ソーラーパネルで賄いきれないほどの電力を使った結果、街をよく停電させてしまうからだ。
 今回の停電も、きっとデンジ君の仕業。……タイミングが悪かった、わね。

(デンジ君のばかー。シャワーズ、サンダースに会いたかったよ)
「……そうね」

 私も逢いたかった。停電を起こした張本人に。でも、これは旅を終えるまで我慢しろというお告げかもしれない。
 確かに、今ナギサシティへ帰ってしまったら、また旅立つときが辛いもの。逢うのは、全てに納得して、旅を終えてからのほうがいい。

「気を取り直して、出発しましょう。213番道路を通ってノモセシティへ」

 213番道路は、潮の香りが漂う海の道。沖合の岩が防波堤となって、浜辺の静けさを保っている。
 ブーツの底で砂の感触を踏みしめながら、浜辺を海沿いに西へと進んだ。私が付けた足跡を、シャワーズが後ろからなぞるようについてくる。
 昨日、怪我をしたラプラスがいた大岩を通り過ぎたところで、私は足を止めた。あのラプラスが、まだ海にいたからだ。

「ラプラス」
(あ、来た来た!)

 ラプラスは私を見付けると、音もなく静かに泳いできた。昨日は傷ついていた鰭を、いつも通り上手に動かせているみたい。

「鰭はもう大丈夫? 痛くない?」
(うん!)
「よかった」
(ねぇ、貴方の名前は?)
「私? レインよ」
(レイン)

 私の名を繰り返し呟くと、ラプラスはにこりと笑った。

(レイン! あたしのご主人になって!)
「え? それって……私の仲間になってくれる、ってこと?」
(そう! なりたい!)
「いいの? 一緒に旅してくれるの?」
(うん! あたし、もっとたくさんの世界を見てみたくて、チャンピオンロードからここまで来たの! 一緒に旅するなら優しい人間がいい! だから、貴方がいい!)
「ラプラス……! ありがとう!」

 ラプラスは頭を垂れてきたから、私は首にぎゅっと腕を回した。シャワーズも嬉しそうに笑っている。新しい仲間、新しいお友達。昨日は人間を恨み、警戒していたこの子も、少なくとも私には心を許してくれた。……そう思っても、いいよね? 理解し合える人間とポケモンは、きっと、まだまだたくさんいるはず。
 最後のモンスターボールに手を伸ばし、ラプラスに向けた。光と共にラプラスがボールに収まり、バッグの中の五つ全てのボールが埋まった。私たちのパーティーの、完成ね。

「さあ。新しい仲間も増えたことだし、張り切っていきましょう」

 目指すは水の街、ノモセシティへ。





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