95.海辺のレスト


 昨日のタッグバトルトーナメントにて、優勝者に与えられたのはレストラン・七つ星のディナーに加えて、ホテル・グランドレイク二泊三日分のチケットだ。とてつもなく広く、高級感の溢れる部屋にぽつんと一人になり、なんだか落ち着かなかったけど、ふかふかのベッドに潜り込めば睡魔はすぐに訪れてあっと言う間に朝が来た。熟睡できたおかげか、体が軽い。
 ホテルにはもう一泊できるから、今日一日はみんなにも旅の疲れを癒してもらえるように、私たちはホテルからすぐ近くにある海へと向かった。こんな機会はもう二度とないでしょうから、リゾート施設を満喫しなきゃね。
 シャワーズやランターンたちを海に放したあと、私は白い砂浜にパラソルを建てて、その下で読書を楽しむことにした。海の方から聞こえてくる楽しそうな声に、時折顔を上げてゆっくりと流れる時間を楽しんだ。
 ちなみに、ダイゴさんはホテルに一泊だけ泊まると「ボクはクロガネシティに行くよ。鉱山で有名な街みたいだからね! 旅が終わったら、今度はホウエンにも遊びにおいで」と、エアームドに乗ってクロガネシティ方面へと朝一番に飛び去った。
 ……本当に、不思議な人だったわ。綺麗な顔立ち、優雅な身のこなし、ポケモンバトルの異様なまでの強さ、はがね使い……。
 彼のことを知っている、彼をどこかで見たことがあると、先日感じていた既視感。その正体がはっきりしたのは、読んでいた雑誌のあるページを開いたときだった。
 『ホウエン地方のジムリーダー&四天王&チャンピオン特集』

 「ツワブキダイゴ……ホウエンリーグチャンピオン……デボンコーポレーションの御曹司……次期社長……」

 予想通り、いえ、予想以上の事実に思わず眩暈がした。バトルの強さも、一般人とは違う優雅な佇まいも、これなら全て頷ける。

「私、知らないうちにものすごい人とタッグを組んでいたのね……」

 パタンと雑誌を閉じて、ドキドキする心臓を押さえた。
 ナギサシティを発って、フタバタウンからここまで旅をしてきて、本当にたくさんの人と出会ったわ。アカギさん、ヒカリちゃん、ジュン君、コウキ君、ナナカマド博士、ハンサムさん、ゲンさん、ダイゴさん、ギンガ団も……
 それでも、過去の私を知る人はいない。私が覚えている人もいない。まだ行ったことのない街で、私は私を見付けられるのかしら。それとも、未だ既視感をかき消すことができない人たち……アカギさんか、ゲンさんが、もしかしたら鍵をくれるのかもしれない。
 ブーツを脱いで、素足に砂を絡めた。さらさらとした柔らかい砂の感触が心地いい。手を思い切り広げて、潮風を受けて、海の匂いを吸い込んだ。目を閉じれば、まるでナギサシティにいるような感覚を覚えた。砂浜に足跡を残しながら、私はみんなが泳いでるところまで進み、足首まで海水に浸った。

「みんな。気持ちいい?」
(はい。気持ちいいです)
(あんたは泳がないの?)
「わ、私!? えっと、あの、ほら私、水着がないし、足を浸してるだけでも気持ちいいから」
(濡れるのが嫌なら、体が大きいミロカロスに乗せてもらえばいいではないか)
(いいですよ。レインさん)
「え、いえ、あの、本当に、あの」
(みんな、レインはカナヅチだから)
「ああ……っ! ランターン……!」

 (主は泳げないのか。確か自転車とやらにも乗れなかったな)(運痴じゃん)(そうそう)(だ、大丈夫ですよレインさん! 泳げなくても僕たちがいますから!)……みんな、容赦ない子ばかりだ。事実だから、否定できないのが辛い。ミロカロスだけがフォローしてくれだけど、逆に情けないというか……あら?

「そういえば、シャワーズは?」
(あっちにある大岩まで泳いでくるって言ってましたけど)
「あの子、一人で……」

 シャワーズは私に似て、のんびりと大人しくしていることが多いけれど、好奇心が強いところがあって気になるものには夢中になって食いついていく。イーブイだった頃、ナギサシティに入ってきた野生のポケモンを追いかけていって、迷子になってしまったことがある。あのときは、デンジ君のレントラーの力を借りて見付けることができたのだけど……。
 私は慌てて浜辺を駆け出した。ナギサシティの海で慣れているとはいえ、砂浜は足の裏で蹴る場所が柔らかく、走りにくい。
 ようやく大岩まで辿り着くと、私は息を切らしながらその陰を覗き込んだ。

「シャワーズ、勝手に一人になっちゃ……」
(マスター! 大変!)

 息を呑んで、目を見開いた。海の色が濁っている。それは汚水による汚れではなくて、生き物の体から流れ出るもの――血、によって海水が変色していたのだ。
 大岩の陰には、怪我をしたラプラスが力なく倒れていた。





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