94.王者の品格


 大会のルールは至ってシンプルだった。負ければそこで終わりの、三回勝ち進むトーナメント戦。一つの試合は二対二のタッグマッチ方式で行われる。エントリーした三体のポケモンを試合のたびに一体ずつ繰り出し、同じポケモンは次の試合では使えない。三度勝てば優勝となり、レストラン・七つ星の豪華ディナーとホテル・グランドレイクの宿泊券二泊三日分が授与される。
 私のパートナーは、ライトシアンの髪と瞳が印象的な人――ダイゴさんだ。
 まずは、一試合目。

「ランターン、お願い。でんじはで相手の動きを封じて」
「頼むよ、エアームド」

 ぞくり。ダイゴさんが繰り出したエアームドを見て、全身が粟立つ感覚を覚えた。重厚感のある堅い皮膚、鋭い嘴、雄々しさと美しさを兼ね揃えた鋼の翼。そして、敵を前にしても視線一つ揺るがせない覇者の風格。
 『力』を使わずとも、わかる。このエアームドと、トレーナーであるダイゴさんは、今までにいくつもの修羅場を勝ち抜いてきたのだ、と。対峙する二体のポケモンとも、ランターンとも、レベルの差があり過ぎる。

「はがねのつばさ」

 一撃、だった。冷たいグレーの光が煌めき、エアームドが舞うように翼を振りかざした刹那。一撃で、はがねタイプ技の効果が今一つのはずの、ほのお・かくとうタイプのポケモン、ゴウカザルを退けた。
 タイプの相性さえも覆す実力の保持者。だけど、彼の力はこんなものじゃなかった。もう一体のマニューラも瞬く間に彼が倒し、トーナメントを勝ち進んだ私たちは二回戦へ。

「さあ、次も勝つよ」
「はい!」
「メタグロス」
「ミロカロス! アクアリング!」

 コンピューター以上の頭脳を持つと言われるポケモン、メタグロス。その頭脳もさることながら、身体能力もずば抜けて高かった。巨体には似合わない俊敏な動きでマスキッパに近付き、コメットパンチ一撃で地に沈める。……すごい、の一言だ。
 だから、パートナーである私が足を引っ張ってはいけない。初戦ではダイゴさんのあまりの強さに圧倒されていて、何もできなかったけど、彼の足手まといにならないようにやれるだけのことをやる。

「アクアテール!」

 ミロカロスの技が、敵のマグカルゴに命中した。相性の効果も手伝って、マグカルゴは一撃でダウンした。
 そして、最終戦。これに勝つことができれば、優勝は私たちだ。

「シャワーズ! ボスゴドラを、てだすけ!」
「ありがとう。ボスゴドラ、はいこうせん!」

 てだすけの効果もあり、威力が上乗せされたはかいこうせんが直撃したムクホークはそれだけで戦闘不能。技の反動で動けなくなったボスゴドラに代わり、シャワーズがオーロラビームで時間を稼ぎ、最終的にはボスゴドラのドラゴンクローがロズレイドに炸裂した。

 そして現在、私たちは綺麗な夜景が見えるレストランで向かい合っている。

「お疲れ様」
「はい。お疲れ様でした」

 トーナメントで優勝した私たちは、レストラン・七つ星のディナーに招待された。目の前のテーブルには続々とフルコース料理が運ばれてきた。出てくる料理の説明を聞いても、恥ずかしながらさっぱりわからない。
 でも、本当に美味しくて、普段は小食な私がオードブルからデザートまで残さずに食べられたほどだ。まさかこんな高級レストランで食事をする機会があるなんて思わなかったから、テーブルマナーをきちんと学んだわけもなく、正しく使えていたか冷や冷やしながら食べたのだけど。
 内心焦りでいっぱいの私とは対照的に、ダイゴさんは始終涼しげな顔で、優雅な手付きで料理を口に運んでいた。きっと、育ちが違うんだろうな……。
 食後のシャンパンを飲みながらゆったりと談笑を楽しんでいると、ダイゴさんはおもむろに先ほどのバトルを振り返り始めた。

「そういえば、レインちゃんはみずタイプ使いなのかな?」
「あ、はい。みず使いとか、そんな大層ななものじゃないんですけど。イーブイがシャワーズに進化したことを切欠に、みずタイプのポケモンと一緒に強くなろうって決めたんです」
「なるほど。みずタイプ、か。レインちゃんが本来持っているバトルスタイルにピッタリだね」
「え?」
「激しい荒波や威圧感のある滝と言うより、キミは穏やかな海や恵みを与える雨みたいだ。ボクが一番感じたのは、キミの戦い方はとてもポケモンを大切にしている、ということ」
「私が、ですか?」
「そう。バトルを開始してすぐにミロカロスにアクアリングをかけたり、ランターンにでんじはを命じたりして、自分のポケモンが安全に戦える状況に持って行くよね。それに、仲間への思いやりも忘れない。シャワーズがボスゴドラをサポートしてくれたようにね。だから、キミはガンガン攻撃していくより、守備的な戦い方が得意なのかもしれないと思うんだ」

 「同じみず使いでも、カントーのおてんば人魚は完全に攻めるスタイルだし、ホウエンのコンテストマスターはいかに技とポケモンを美しく魅せるかを重要視するけどね」と、ダイゴさんは彼らのバトルを思い出すような表情で言った。すごい……! たった三回のバトルで、私ですら気付いていなかったことを洞察することができるなんて。

「じゃあ、ダイゴさんははがね使いなんですか?」
「……そうだね。表向きは、そうかな」
「表向き?」
「うん。まあ……確かに、はがねタイプは好き、かな。シンオウにはホウエンに生息しないはがねタイプのポケモンがいるから、楽しいよ。みずタイプも併せ持つエンペルトや、あとはテンガン山でしか進化しないジバコイルとかね」
「……?」
「……ああ、言い忘れていた。ボク、シンオウ出身じゃないんだ。ホウエン地方から来たんだよ」
「え!? あんなに遠くから?」
「うん。はがねタイプのポケモンを見るのもそうだけど、シンオウでは鉱物が盛んに採れるみたいだからね。どちらかといえば後者が目的なんだ。珍しい石がないかな、ってね」

 私にタッグを組まないかと持ちかけてきたときのように、石の話を口にした彼の瞳は無邪気な少年のように輝いていた。なんだか、少しだけ、化石のことを話すヒョウタ君と似ている気がする。

「でも、大変ですね。故郷を離れて、ずっとホテルやポケモンセンターに泊まりっぱなしというのも」
「いや、そうでもないよ。リゾートエリアだったかな。あそこに別荘を買ったから」

 ……気のせいかしら。ダイゴさんはとんでもないことを言い放ったような気がするわ。
 リゾートエリアといったら、シンオウ地方の北東にある超高級エリアだ。そんな一等地に、別荘を買ったなんて、しかも何でもないことのように言うなんて……やっぱり、住む世界が違う人なんだわ。「旅をしてるんだよね? リゾートエリアに来ることがあったら、是非寄ってくれよ」とダイゴさんは爽やかに言うけれど、一般庶民の私がリゾートエリアに足を踏み入れる機会があるのかは謎だ。
 それにしても……ホウエン地方出身、はがね使い、優雅な佇まい、ダイゴという名前。住む場所も立場も全然違うのに、私は、彼を知っているような気がした。





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