92.伸ばした手は届かない


 今、私たちが進んでいるのは214番道路だ。トバリシティから南に伸びる自然に溢れた道……と言えば聞こえはいいけれど、設備されている道路は少なく、長い草が伸びて荒れ放題な道でもある。
 この道路には、イシツブテやゴローン、サイホーンといった、いわタイプのポケモンがよく飛び出してくる。みずタイプのこの子たちを育てるにはもってこい、ね。
 手持ちの中でも特に、進化したばかりのトリトドンの技を把握するために、この子をメインに野生のポケモンとのバトルを繰り広げていった。試しにめざめるパワーを使ってみれば、野生のゴローンは全くダメージを受けずにピンピンしている。ということで、トリトドンのパワーはでんきタイプだということがわかった。
 次はこちらの番だと言わんばかりに、野生のゴローンが意気込んでいる。でも、いわタイプのポケモンは基本的に動きが鈍い。だくりゅうをトリトドンに指示すると、ゴローンの技がこちらに届く前に、濁った波が相手に直撃した。その一撃で戦意喪失したゴローンは、すごすごと草むらに帰って行った。

「トリトドン、貴方本当に強いのね」
(へっへー! ボク、サシの勝負じゃ負けたことがないからね!)
「貴方がいてくれると、本当に頼りになるわ」

 その時、ふと思い出した。トリトドンとの旅が楽しくて、忘れていたことがあったのだ。
 トリトドンとは、一時的に一緒に旅をしてるだけだった。仲間の元に帰り着いたら終わり。この子は野生に帰る。
 ……寂しい、な。そう思っているのは、きっと、私だけね。
 少しだけ感傷に浸りながらトリトドンをモンスターボールに戻し、シャワーズに話しかける。

「少し暗くなってきたわね。急ぎましょうか」
(次の街まで、あとどのくらい?)
「まだまだ遠いの。確か、リッシ湖の畔にホテルがあるはずだから、今夜はそこに泊まりましょう」
(ホテルに泊まるの?)
「ええ。ポケモンセンターがあれば無料で泊まれるし、いいんだけれど、確かあの辺にはなかったから。今回だけ、特別にね」
(やったー!)

 嬉しさのあまりにスキップを始めたシャワーズより、少し後ろをゆっくりと歩いた。少しでも、ほんの少しだけでもいいから、旅をする時間が長くなりますように。

 しばらく進むと、リッシ湖へと続く脇道が見えてきた。水に恵まれたシンオウ地方を象徴とする三大湖の一つ、リッシ湖。シンジ湖と同じく、この湖にも伝説があると言われている。
 せっかくだから、ホテルに向かう前に湖を一目見ようと思ったのだけど。

「え? リッシ湖に入れないんですか?」

 目の前にいる男の人たちは「すまないね」と頭を下げた。
 彼らはテレビ局のカメラマンで、リッシ湖に伝わる伝説を探るために、伝説のポケモンをカメラに収めようと奮闘中らしい。人の気配があるとポケモンが出てこないから、こうして湖の周囲一帯を貸し切り、離れた場所で待ち伏せしているらしい。
 撮影許可証を見せられて、少しだけ頭を垂れた。お仕事の邪魔をしたら悪いし、なによりもきちんと許可を取っているし……。
 私は大人しくリッシ湖の畔に向かうことにした。

『……け、て』
「え?」

 声が、聞こえた気がした。幼くて、とても、弱々しい声。
 その方向を振り返ってみたけれど、さっきのカメラマンさんたちがいるだけで、ポケモンらしき影はなかった。

(マスター? どうしたの?)
「今、ポケモンの声が聞こえたような気がしたのだけど……なんだか、苦しんでいるような」

 『力』を集中させて、しばらく耳を澄ませてみたけれど、何も聞こえなかった。(気のせいだよ。早く行こう?)と、シャワーズに急かされた私は、腑に落ちない思いを覚えながらも、ゆっくりと一歩踏み出した。
 声が聞こえた方向に背を向けて、私たちはその場から遠ざかってしまったのだ。





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