91.陰謀は次の舞台へ


 戦ってもらった三匹をポケモンセンターに預けたあと、ランターンとジーランスを連れてトバリデパートに向かった。ヒカリちゃんがそこで買い物をしているのだ。何でも、昨日コウキ君が話てきたフエンセンベイやいかりまんじゅうを買ってママに送ってあげるらしい。もう買い物は終わってるはずだし、ジム戦は終わったと伝えに行かないと。
 でも、地下の食料品コーナーを一周したけど、ヒカリちゃんは見付からなかった。念のために、屋上から一階ずつ降りていったけど、それでも見付からなかった。
 最終的に、ランターンに強請られたいかりまんじゅうを買って、私はデパートをあとにした。

「ヒカリちゃん、もうジムに向かったのかしら。……あら?」

 小さな衝撃音が聞こえたような気がした。耳を澄ませてみると、それはどうやら物資倉庫のほうから聞こえてくるみたいだった。急いでその方向に向かってみる。
 すると、そこにはギンガ団員二人とタッグバトルをしている、コウキ君とヒカリちゃんがいた。相手はグレッグルとスカタンク、コウキ君とヒカリちゃんはピッピとトゲチックを戦わせている。大人相手に、二人は圧倒している。

「ねぇ、コウキ! あの技を使ってみましょうよ!」
「あ、あの技!?」

 声を張り上げながら、ヒカリちゃんは人差し指を立てて左右に振ってみせた。それだけで、彼女が何を言いたいのか理解したコウキ君は、ギョッとして目を見開いた。

「コウキのピッピも使えるんでしょ?」
「つ、使えるけど」
「じゃあ、決まり!」
「あーもう、どうなっても知らないから!」

 「ピッピ!」「トゲチック!」とそれぞれ相棒の名前を呼び、技を指示する。

「「ゆびをふる!」」

 ピッピとトゲチック、二匹ともが両の指を立てて、一定のリズムで左右に振った。その指先をクロスさせ、そこに光の玉が集まっていく。同時に技を発動させて、相互に影響が出たのか、ランダムに選ばれたのは同じ技だった。……はかいこうせん、だ。
 もはやそれは一撃必殺に値するほどの威力だった。戦闘不能になったグレッグルとスカタンクをボールに戻し、ギンガ団員は舌打ちした。ギンガ団員は「こんなポケモン図鑑どうでもいいんだよ!」とコウキ君に赤い図鑑を投げ付けて、踵を返した。
 ギンガ団員一人と、肩がぶつかった。そのとき「例のブツはノモセに運んだ……」という会話が聞こえてきた。倉庫の中へと逃げ帰っていく姿を確認したあと、私はヒカリちゃんたちの元に駆け寄った。

「コウキ君! ヒカリちゃん! どうしたの!?」
「あ、レインさん。発電所にいたへんてこな衣装のギンガ団が!」
「そうなんです!コトブキシティでナナカマド博士から研究成果を奪おうとしたギンガ団から、ぼく、ポケモン図鑑を盗られちゃって!」
「え!?」
「でも、ヒカリがバトルのタッグを組んでくれて、無事に取り返すことができました。ヒカリ、ありがとう」
「いいのいいの! 困ったときはお互い様だもんね! ポケモン図鑑が盗られたままじゃ、ナナカマド博士の研究も手伝えないし、こっぴどく怒られちゃうものね」
「そうなんだよー。本当によかったぁ……」
「きみたち!」

 三人揃って、一斉に振り返る。ハンサムさんがこちらに向かって走ってくるところだった。

「ハンサムさん」
「倉庫の前で子供とギンガ団が揉めていると聞いて来たら、きみたちか」
「あっ……コトブキの変な人」
「こ、コウキ君……」
「きみは果てしなく失礼なことを言うんだな」
「ごめんなさい。ギンガ団に大事なポケモン図鑑を奪われて、イライラしてたら言葉がトゲトゲしてました」
「……コウキって意外と毒舌?」
「それじゃ、ぼくはもう行きますね。二人とも、ギンガ団には気をつけて」

 ポケモン図鑑をリュックへと大切そうにしまい込み、爽やかな笑みを一つ残すと、コウキ君はその場を立ち去った。……なんだか、意外すぎる彼の一面を見てしまった気がするわ。
 ハンサムさんは「……まあ、いいさ」と、若干腑に落ちないように呟いた。

「それにしても、きみたち子供の持ち物を奪おうとするなんて、ギンガ団の悪事は小さいな」
「……きみ『たち』子供?」
「まあ、それがかえって不気味でもあるんだがな。……おっ! 戦いで倉庫の扉が壊れたようだな!」
「はかいこうせんを使いましたから」
「街中ではかいこうせんとは……まあ、結果オーライだ。中を調べてみるか」
「あたしも行きます!」
「むっ! しかし、気を付けるんだぞ」
「はい。レインさんも行ってみましょう!」
「ええ……」

 ヒカリちゃんに腕を引かれて倉庫の中へと侵入した。薄暗い内部は意外と広く、コンテナが積み上げられていても高さにはまだ余裕がある。
 倉庫からギンガ団ビルの内部に繋がっていると思われる扉を見つけたけれど、どうやらセキュリティーシステムが作動しているらしい。分厚い壁の脇に設置されたロックシステムを見て、ハンサムさんは小さく唸った。

「ふーむ……これ以上先に進むにはカギが必要なのか。逃げた連中を追いかけるのは、今のところ諦めるしかないな。それより……」
「どうしたんですか?」
「ゲームコーナーで聞いた話が気になるな」

 ちゃんと捜査もしてたんだ。ヒカリちゃんと心の声が重なった気がした。

「なんでも、ノモセシティに何かを運んだらしい。何をするつもりかわからないが、ちょっとイヤな感じだろ」
「あ。さっき逃げ出したギンガ団も言っていました。例のブツはノモセに運んだ、って」
「……これはますます怪しいな。わたしはノモセに向かうことにしよう。ではな! きみたちも早くここから立ち去るんだぞ!」

 一足先に、ハンサムさんは倉庫を後にした。
 私もそのあとを追おうとしたけれど、隅でコンテナを漁っているヒカリちゃんを置いていけなくて、彼女の肩を叩いた。

「ヒカリちゃん、私たちも出ましょう。……? 何してるの?」
「うふ。見て下さい、レインさん」

 にんまりと笑って私に見せたそれは、ひでんマシン02と書いてあるCDだった。確か、そらをとぶという技を覚えさせることができるはず。その名の通り、ポケモンが人を乗せて空に羽ばたける技だ。一緒に置いてあったらしい説明書に軽く目を通すと、ヒカリちゃんはトゲチックを出した。

「拝借ついでにこの子に覚えてもらおっと!」
「トゲッ!」
「その子、もしかしてタマゴから産まれた子?」
「はい! シロナさんからもらったタマゴから孵ったトゲピーが進化したんです! 小さいけれど飛べるんですよ!」 
「おめでとう! よかったわね。これでいつでもフタバタウンに帰れるわね。たまにはママに元気な顔を見せに行かなきゃ」
「えへ、はいっ。レインさんのポケモンにも覚えさせますか?」
「ううん、私はいいわ」
「レインさん。会いたい人、いないんですか?」 

 トゲチックに空を飛ぶを覚えてもらいながら、ヒカリちゃんは首を傾げた。会いたい人……いないわけがないわ。ナギサシティのみんなに……ゲンさん。
でも、ゲンさんは今どこにいるのかわからないし、ナギサのみんなに会ったらまた旅立つときに辛くなる。だから、ふるふると首を横に振った。

「ほら、私のポケモンたち、ひこうタイプの子がいないから。シャワーズ、ランターン、ジーランス、ミロカロス、トリトドン。ね? 気持ちだけ受け取っておくわ。ありがとうございました」
「そっかぁ。分かりました。ひこうタイプのポケモンを仲間にしたら教えて下さいね。ひでんマシン、貸しますから」
「ありがとう」
「何かあってからじゃ遅いんですから、会えるうちに、たくさん会って下さいね」

そうね、と微笑み返す。まさか、このときヒ
カリちゃんに言われた言葉を痛感する出来事が後々起こるなんて、今の私には想像もつかなかった。



Nex……ノモセシティ


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