90.鋼のココロ


 ルカリオ。かくとうタイプとはがねタイプを併せ持つ、はどうポケモン。特性である不屈の心を持つ故に、怯むことがあれば素早さが上がってしまう。そして、スモモちゃんのジムレベルなら恐らく覚えているメタルクローは、繰り出されるたびに使い手の攻撃力がアップする。
 つまりこの戦い、持久戦になると不利になってしまうのだ。難しいけれど、なるべく早く終わらせないと。
 ルカリオの弱点には、ほのおタイプやかくとうタイプの技タイプが挙げられるけど、私の手持ちは誰もその技を覚えていない。ランターンのサイケこうせんを対スモモちゃんの切り札として考えていたけれど、はがねタイプのルカリオ相手じゃ意味がない……それなら。

「カラナクシ、お願い」

 じめんタイプの技を使える、この子にかける。

「ルカリオ! はっけい!」

 速、い。でんこうせっかを使ったわけでもないのに、ルカリオは一瞬でカラナクシの懐に飛び込み、その体に衝撃を与えた。カラナクシはいとも簡単に吹き飛ばされてしまった。

「カラナクシ! 大丈夫!?」
(ヘーキだよ! このくらい!)

 よかった、麻痺もしていないみたいだ。
 ルカリオは両の手に青白い光を集め、その光を左右に伸ばした。長い骨のような形へと変形した青白い光を持ち、頭上でクルクルと回したあと、それを構えて次の攻撃に備えた。

「カラナクシ、どろばくだんよ!」
「叩き落とします!」

 カラナクシが飛ばす泥の塊を、ルカリオは骨を使い次々に叩き落としていく。

「ボーンラッシュ!」

 ルカリオは、その骨をカラナクシに投げつけた。硬い骨が体にめり込み、カラナクシはバトルフィールドの端まで吹き飛び、そのまま観覧席の壁に叩きつけられた。

(いってぇ……)
「カラナクシ!」
(あー! もうムカつく! 絶対潰す!)

 か、カラナクシ……スモモちゃんには鳴き声としてでしか聞こえていないでしょうから、いいとして……ルカリオは、若干ひきつっているわ。

「メタルクローです!」
「……どろかけ!」

 ギリギリまで引きつけて、ルカリオの目に泥を飛ばした。ルカリオは攻撃力は高いけど、比較的打たれ弱い。じめんタイプで弱点を突けば、倒せる。

「もう一度どろかけよ!」
「……ルカリオ」

 静かにルカリオの名前を呼ぶスモモちゃんの声に、なぜか全身が粟立った。

「波導を感じて下さい」

 波導。ルカリオの頭の両脇についている房が、何かを感じ取るようにふわりと立ち上がった。
 飛んできた泥を、避けて、弾いて、叩き落とす。目が使えない状態で、ルカリオは的確に攻撃を避けていく。これが、波導ポケモン、ルカリオの、力。でも……

「負けられないわ」
(あったり前!)
「気配を読めても、避けきれない技を繰り出す! カラナクシ」

 瞼の裏で『力』がジワジワと発動している。カラナクシに秘められている能力を探り、引き出す。あの技が、使える。

「じわれ!」

 バトルフィールドが揺れて、割れる。一撃必殺のじめんタイプ技。絶大な威力故に命中率が極端に低い技だけど、幸運を引き当てたみたいだ。
 じわれが命中したルカリオは、戦闘不能状態に陥った。そして、カラナクシという種族じゃ使えないはずのじわれが、この子に使えた。
 それは、すなわち、カナクシのトリトドンへの進化の証。

「カラナクシ……いいえ、トリトドン! ありがとう! 勝てたわ! 貴方のおかげよ」
(わっ! だ、抱きつくなよ! 恥ずかしい奴!)
「あ……ごめんなさい」
(……まぁ、アンタがちゃんと技の指示だしてくれたから勝てたんだし……いいんじゃない? 進化も出できたし)

 そっぽを向きながらもそう言ってくれるこの子に、思わずまた抱きついた。(だから離れろって!)と言いながら、トリトドンは自分からモンスターボールに戻っていった。戻る直前に、トリトドンの角がピクピクと揺れていた、……照れ隠し、よね?
 スモモちゃんは少しだけしょんぼりしながら、ルカリオを抱き起こした。

「……はい。あたしの負けです。久しぶりに負けちゃいました。しかも、進化までさせちゃうなんて、まだまだですね」
「ううん。こちらこそ、いろんなことを教わったわ。スモモちゃん、とっても強かった。ポケモンはもちろんだけど、心が」
「……まだまだ、たくさん修行します。また戦って下さいね、レインさん」
「ええ。もちろんよ」
「レインさん。強いって、説明できるものではなくて、どこまで頑張ればいいのか分からないですけど……でも、ポケモンと一緒だから、ずっと頑張れるんですよね!」

 お疲れさま、とスモモちゃんはルカリオの頭を撫でた。……。

「ねぇ、スモモちゃん」
「はい」
「ルカリオは、はどうポケモンよね?」
「はい。そうですね」
「スモモちゃんはルカリオの言葉ってわかる?」
「いえ。ルカリオは波導であたしの言葉や気持ちなんかを正確にわかってくれてるみたいですけど、あたしは全然。波導のはの字も使えませんから」

 そう言って、苦笑する。……やっぱり、人間であって波導そのものを使いこなせるゲンさんは、特別なんだわ。

「それがどうかしたんですか?」
「いえ、なんでもないの。あ。たぶんヒカリちゃんが今度は戦いに来ると思うわ」
「わかりました! 急いでポケモン達を回復させて、万全の状態で待っています!」
「ええ。頑張って」
「はい!」

 スモモちゃんからコボルバッジを受け取って、私はトバリジムをあとにした。強い心、ポケモンとの絆。今日の戦いで学んだことを思い返しながら。





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