89.闘志を拳に宿して
トバリジムは、ポケモンジムであると同時に格闘技の技を磨く道場でもあって、ジムトレーナーやスモモちゃん自身も格闘家だ。スモモちゃんはあの小さく痩せた体に、大の成人男性を投げ飛ばすほどの力を秘めている。ポケモンだけでなく、トレーナー自身もスモモちゃんの指導の元に格闘技を学べるこのジムは、仕掛けも格闘技にちなんだものばかりだ。
「おっ、重……!」
鉄棒にぶら下がっているサンドバッグを押して、タイヤを倒し道を開く。ジムの仕掛け自体は単純だった。でも……っ、この、サンドバッグ、何キロあるの、かしら。
ようやくスモモちゃんのところまで辿り着く頃には、私は体力を消耗しきってヘトヘトになっていた。今までのジムの仕掛けで、ある意味一番大変だったかもしれない。
両手を膝について息を整えながら、顔を上げる。『一日一善』『一期一会』『一日一食』という掛け軸の前に、スモモちゃんがいた。格闘道場をイメージしたバトルフィールの床は、マットのように微かに弾力があった。
「おはようございます! レインさん!」
「お、おはよう……スモモちゃん……朝から元気ね」
「はい! 昨日レインさんにたくさん料理を作ってもらいましたし、朝ご飯もちゃんと食べてきたので! 万全の状態でお相手します!」
「ええ。よろしくね」
「では、改めまして!」
スモモちゃんは、ウエストあたりでぐっと拳を作り、構えた。
「あたしがトバリジムリーダーのスモモです。どうしてジムリーダーになれたのか、強いってどういうことか、自分でよくわかってないんですけど、ジムリーダーとしてあたしなりに真剣に頑張るので、どこからでもかかってきて下さい!」
大変だった、なんて言ってる場合じゃない、わね。こっちも全力で挑まないと。
足元にいるシャワーズに目配せすると、やる気満々にバトルフィールドに飛び出した。対するスモモちゃんが選んだのは、アサナンだ。
「シャワーズ、でんこうせっか!」
「アサナン! ねんりき!」
でんこうせっかが決まる前に、シャワーズはねんりきに捕らわれて、宙に浮いた。そのままねんりきに操られて、タイヤが積み上げられた山に向かって吹き飛ばされる。
「シャワーズ!」
「アサナン、もう一度ねんりき!」
散らばったタイヤが宙に浮いた。それはアサナンに操られ、意志を持ったようにシャワーズに向かって飛んでいく。何とか避けてもらいながら、私はシャワーズに指示を繰り出した。
「シャワーズ! 避けながらオーロラビームでタイヤを凍らせて」
「シャワ!」
「でんこうせっかでアサナンにぶつけて!」
タイヤを冷気で堅く凍らせて、でんこうせっかでぶつかり、アサナンへと飛ばす。飛ばしたタイヤを拳で弾かれたり、念力で止められながら、アサナンの防御を避けたタイヤだけがアサナンにダメージを与えられた。
「アサナン! シャワーズの動きを封じましょう! がんせきふうじ!」
がんせきふうじ。それはダメージを与えると同時に、相手の素早さを下げる技。元からそう素早くないシャワーズの動きが、さらに制限された。……マズいわね。
「みずでっぽうよ!」
動かずにダメージを与えられる、間接技を放つ。水圧を避けようとせず、アサナンはあえてダメージを受けている。攻撃に耐えている意図は、いったい、何?
そのとき、スモモちゃんが「アサナン!」と叫んだ。同時に、アサナンはみずでっぽうを裂いてシャワーズの懐に飛び込んできた。
「ドレインパンチ!」
アサナンの特性、ヨガパワーで攻撃力が上昇している状態で、シャワーズに拳が叩きつけられた。同時に残り少ない体力を吸い取られ、シャワーズは立っているのがやっとという状態になってしまった。
瀕死にはなって欲しくない。私はシャワーズをモンスターボールに戻した。
残るは四体。ランターン、ジーランス、カラナクシ、ミロカロス。ジーランスはみず・いわタイプだから、この戦いにはできる限り参戦させたくない。ランターンは、最後の切り札としてとっておきたいから……。
「……ミロカロス! お願い!」
私は、ミロカロスを選んでモンスターボールを投げた。虹色の鱗で覆われた巨体を轟かせて、ミロカロスは美しい声を上げる。アサナンが、一瞬だけ圧倒された。
「まきついて、動きを封じて!」
渦を巻くように巨体を動かし、そのままアサナンに体を巻き付かせる。アサナンはふりほどこうともがいたけれど、そうはさせまいとミロカロスはぎゅうぎゅうと圧迫させてダメージを与えたあと、そのまま上空に弾き飛ばした。
「アクアテールよ!」
ミロカロスの尻尾に、水の渦がまとわりついた。アサナンが体勢を立て直させる隙を与えず、水の尻尾を落ちてきた体に叩きつける。アサナン、戦闘不能、だ。
スモモちゃんはアサナンをボールに戻すと、続いてゴーリキーを繰り出してきた。
「ゴーリキー、かいりき!」
「みずのはどう! 壁を作って!」
ミロカロスは波紋状の水を宙に発生させて、ゴーリキーにぶつけた。ゴーリキーは二、三歩よろけたかと思うと、膝を突いて頭を抱えた。混乱状態、だわ。これで、こちら側が有利にバトルを進められ……。
「ゴーリキー!!」
スモモちゃんが、その名を呼んだ。力強い呼びかけに、ゴーリキーは目を見開き、我に返った。……強い。バトルの腕はもちろんだけど、彼らの精神力は並みじゃない。
「きあいだめで精神統一! 全神経を集中させて、からてチョップ!」
「ミロカロス!」
(大丈夫、耐えてみせます)
攻撃を受けたあと、ミロカロスはゴーリキーと間合いを取った。宣言通り、ミロカロスは強力な攻撃に耐えてくれた。本当に、ヒンバスだった頃とは全然違う。この子は本当に強くなった。だから、私がこの子の力を百パーセント引き出せるように、頑張らなくちゃ。
じこさいせいを命じて、ダメージを回復させた。必殺技が効かなくてショックだったのか、スモモちゃんは微かに狼狽えている。今が、反撃のチャンス。
「終わらせましょう。りゅうのいぶき!」
「ミローッ!」
「そして、アクアテール!」
二つの技のコンボを受けたゴーリキーは、目を回してその場に倒れた。スモモちゃんはゴーリキーをモンスターボールに戻すと、腰に付けている三つ目のモンスターボールを手に取った。
「……! 勝負はここからです! ルカリオ!」
出てきたのは、赤い瞳が印象的なはどうポケモン――ルカリオ。その凛とした姿に一瞬だけ、ルカリオを連れたゲンさんを思い出してしまった。