86.強烈ファイター


 トバリジムは、トバリシティの中でも西に位置する場所に建っていた。遠目でもわかるその外観を見て「ここで明日ジム戦をするのね!」「ポッチャ!」と、ヒカリちゃんとポッチャマは早くも闘志を燃やしている。
 ジムの外観ばかりを見ていて、その下を視界に入れていなかったから、ジムの近くに行くまで気付かなかった。見知った人が、ジムの看板付近にいることに。

「あ、コウキ君だわ」
「ほんとだ! コウキー!」

 ポケモン図鑑をいじっていたコウキ君は、ヒカリちゃんの呼びかけに振り向いて手を振ってくれた。彼の肩にいるのは、フカマルだ。コウキ君の新しい仲間なのかもしれない。

「ヒカリ。レインさん。シャワーズとポッチャマも、元気だったかい?」
「シャワッ!」
「ポチャッ!」
「ひっさしぶり! コンテスト以来ね!」
「だね。二人ともジムに挑戦するんですか?」
「ええ。今はみんな回復中だから、また後日」
「このジムをクリアしたらバッジ四つ目よ!」
「へえ! どんどん強くなっていくね」
「コウキ君はこの街に何をしに?」
「え、ぼくはちょっとゲームコーナーに行ってみたり……もっ、もちろんポケモン図鑑も頑張ってますよ」

 そう答えるコウキ君の目は、誰が見てもわかるようにゆらゆらと泳いでいた。きっと、コウキ君もハンサムさんと同じ。半分は息抜きといったところかしら。
 「ナナカマド博士は?」と聞けば「トバリデパートの物産展にいます」とのこと。ホウエン地方名物のフエンセンベイや、ジョウト地方名物のいかりまんじゅうを目当てに行ったらしい。あの強面からは想像がつかないけれど、なんとナナカマド博士、大の甘党らしいのだ。

「そろそろ博士を迎えに行かなきゃ。ということで、二人ともがんば……」
「リングは俺の海ー!」

 突然聞こえてきた大声に、ビクリと肩を震わせた。どうやら、今日は話に割り込まれる日らしい。
 トバリジムの自動ドアが、左右に開く。中から出てきたのは、上半身裸で覆面を被るというレスラーの出で立ちをした男の人だった。その個性的な装いを見て、コウキ君とヒカリちゃんはあんぐりと口を大きく開いている。
 「マックス! マックス! マキシマム! マックス! マックス! マキシマム!」という歌の通り、いえ、歌を聴かなくてもわかっていたけど、彼は――マキシさんという人だ。ノモセシティのジムリーダーのはずなのに、どうしてトバリシティにいるのだろう。

「やあ! 少年少女! おお! レインもいるじゃないか!」
「こんにちは」
「え? レインさん、お知り合いですか?」
「この方は、ノモセジムのリーダー、マキシさん……」
「マキシマム仮面!」
「……マキシマム仮面、さんよ」
「そう! 俺様はポケモン・プロレス・そして歌の三拍子そろったジムリーダー! ノモセジムのマキシマム仮面!」
「「……」」
「ジムリーダーに挑戦か? 彼女はまだまだ若いがぁ、まさに天才少女! 一緒に練習するとその強さに痺れるばかりだぁ !頑張れよ少年少女! また会おうぞ!」

 「わーっはっはっは!」という豪快な笑い声を残して、マキシさんはノモセシティ方面に続く道へと姿を消した。残ったのは、何とも妙な空気と、何とも言えない沈黙。「あの、ジムリーダーのみなさんって、個性的なかたばかりだから」とフォローを入れてみたけれど「はぁ……」と乾いた笑みを返されるばかりだった。

「……じゃ、じゃあヒカリ、レインさん。ポケモンジムへの挑戦、頑張ってね」
「……うん」
「え、ええ」
「フカマル、行こう」
「フカッ!」

 フカマルを肩に乗せたまま、コウキ君は私たちに背を向けた。その足取りが、若干ふらついているのは、決して気のせいではないはず。……マキシさん、ジムリーダーの中でも特に個性が強い人だから。
 「ヒョウタさんは化石に向かって話しかけてたし、ナタネさんは異様にハクタイの森を怖がってたし、メリッサさんはあんな格好だし、デンジさんはニートらしいし、ジムリーダーって……」と、ヒカリちゃんはどこか遠くを見るような目付きをしている。
 みんなをフォローする言葉を慌てて探していると、またジムの自動ドアが開いた。何もはいていない素足が見えて、徐々に視線を上げていくとピンク色の短い髪の毛が視界に飛び込んでくる。
 この子がスモモちゃん。トバリシティポケモンジムのリーダーだ。

「スモモちゃん」
「え!? この子がジムリーダー!? あたしより小さい……」
「あぁ……レイン、さん……?」
「スモモちゃん!?」

 スモモちゃんの顔色が悪く、声も弱々しいと不安になった直後のことだった。バタンという盛大な音を立てて、スモモちゃんは地面に倒れ込んでしまった。
 慌てて駆け寄り、まだ成長段階の小さな体を抱き起こす。ギュウウウウッという大きな音が聞こえてきた直後、スモモちゃんは「お腹空いた……」と声を絞り出すようにして言葉を紡いだ。
 ヒカリちゃんの目が、点になっている。彼女の中でまた、ジムリーダーという存在が混沌としたイメージに変わってしまった瞬間だった。





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