85.閉ざされた街


――トバリシティ――

 石に囲まれた街――トバリシティ。険しい山をくり抜いて造られたというこの街は、外界から隔てられていて、他の街とはあまり交流を持たない街だ。
 山をくり抜いて造られたというだけあって、ゴツゴツした岩壁が街に広がり、凸凹とした段差も多く街中にある。街の中に石が無造作に転がっている様子は、なんとなく無機質な印象を人々に与える。その中には、隕石の落下した跡とその衝撃でできたクレーターまで存在するのだ。街の北側には、様々な物資を保管するための倉庫が建ち並んでいる。
 そんな殺風景な景色が広がる傍ら、トバリシティは娯楽で有名な街でもある。シンオウ地方で有名なデパートがあるし、ゲームセンターなどの遊戯施設も整っている。そのせいか住民は若者が多く、決して治安がいいとは言えないみたい
 そして……。

「うわぁ、何あのセンス悪いビル!」
「ポッチャ!」
「ひ、ヒカリちゃん……」

 シーッと目配せすると、ヒカリちゃんは慌てて口元を手で隠した。物資倉庫前を見張っているギンガ団が、鋭い目付きでこちらを睨んだのだ。ハクタイシティと同様に、この街でも白昼堂々、ギンガ団が街中を徘徊している。
 ヒカリちゃんが言ったビルとは、ギンガ団本部ビルのことだ。ギンガ団は表向き、新しいエネルギーを開発しようとする正式な会社らしいけど……今まで彼らの悪事を見てきた私たちは、そんなギンガ団の事業内容を信じられるはずもなかった。

「ヒカリちゃん。私はまずポケモンセンターに行くけど、どうする?」
「あたしもそうします! 今から回復させたら今日はジム戦できないし、そのあと一緒に街を回りませんか?」
「ええ。そうしましょう」

 街の入り口から比較的近くにあるポケモンセンターに足を運び、まずはその日のベッドを確保。シャワーズとポッチャマ以外のメンバーをジョーイさんに預け、私たちは再びトバリシティへと繰り出した。
 ヒカリちゃんの要望で、まずはゲームセンターへと向かった。トバリシティのゲームセンターは、スロットやポーカーなど様々な娯楽装置が揃っているシンオウ地方最大規模の遊戯施設だ。
 自動ドアから入ったとたん、BGMのあまりの大きさに思わず耳を塞ぐ。内装の派手さに目がチカチカするし、喫煙しながらゲームをしている人がいて中の空気は淀んでいる。目を輝かせるヒカリちゃんとは対照的に、私はただ顔をしかめた。

「わー! 楽しそうですね、レインさん!」
「そ、そう……?」
「あたしたちもスロットしませんか?」
「私、ギャンブルは……あら?」

 スロットが並ぶ列の間を進んでいると、見覚えのある茶色いコートが視界に入ってきた。彼の足下に置いてあるコインケースまでが視界に入る。コインは……残り、あと少し、みたい。

「……ハンサムさん?」
「!」

 ビクリと震える背中を見て、紡いだ名前が的中したのだとわかった。

「おお、きみたちか」
「あ、発電所で会った国際警察の人!」
「うむ。ハンサムだ」
「警察官が勤務中にギャンブルしてていいんですか?」
「あ、いや、それはだな……ほら、これだ。よく見てくれ! リールの絵柄にギンガ団のマークがあるだろう?」
「あ、本当だ」
「怪しいから調べているんだよ。それに、ほら、人が集まる場所には情報も集まるから……あ、外れた」

 ハンサムさん……半分は本気で捜査しているけど、半分は息抜きなのでしょうね。

「それより、女の子が二人でこんなところにいては危ない。変な輩に絡まれでもしたら大変だ」
「かっこいい人なら大歓迎なんだけどなー」
「ひ、ヒカリちゃん……」
「顔がいい男にだまされるなよ。……あ、また外れた。とにかく、きみたちはトレーナーらしくジム戦でも」
「ジム戦をするのかい?」

 突然、第三者の声が私たちの会話に入り込んできた。私たちはハンサムさんの右隣に座っている人に視線を移した。声を発したと思われる薄い頭の中年男性は、回転するリールから視線を逸らさずに話を続けた。

「ここのジムリーダーと戦うつもりなら、覚悟をしておいたほうがいい。ジムリーダーのスモモ。わしの娘だけど本当に強いよ」
「え? 貴方はスモモちゃんのお父さんですか?」
「そうそう……しかし全然出ないな」
「トバリのジムリーダーといえばまだ十代の少女! 娘が働いているというのに、父親が昼間からギャンブルとは!」
「いやぁ、職を失ってしまいまして……」
「それなら職を探しに行きなさい!」
「簡単に見付かるならこんな苦労は……」

 言い合い、というよりもハンサムさんが一方的にお説教を始めてしまったので、私たちはしばらく唖然とその場に立ち尽くした。
 自然と二人に背を向けてゲームセンターをあとにする。外に出た瞬間、綺麗な空気が体の中にすうっと入ってきて、私は思わず大きく息を吸った。その隣では、ヒカリちゃんが呆れたように呟く。

「……あたし、お父さんのこと知らないけど、ニートなお父さんはイヤです」
「……そうね」
「ポーッチャ」
(ねえねえ? デンジ君は? 前に、オーバ君がデンジ君のこと「このニート予備軍め!」って怒ってたよ)
「シャワーズ、そんなことを考えなくていいの。デンジ君はジムリーダーをやってるでしょう? ニートじゃないわ」
(でも、オーバ君が)
「それは、たまにジムから姿を消すデンジ君をからかって……」
「ええっ!? レインさんが話してたデンジさんってニートなんですか!?」
「え……違うの! 違うの……っ!」

 ああ、どうして私はこんなに必死になって弁解をしているのかしら。
 ニートという不可解な話で盛り上がりながら、私たちの足は自然とトバリジムへと向かっていた。





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