82.古代からの伝言


 ブーツの底が固い通路を叩いた。ランプの中で燃える炎が、正面に続く道を照らし出す。歩いても歩いても、景色は変わらない。つまり……。

「……ここ、どこ?」

 そう、私たちは迷子になってしまったのだ。
 デジタル時計が表示されているポケッチに視線を落とす。私たちがズイの遺跡に来て、早くも一時間ほどが経過しようとしている。
 外から見たらそこまで大きくない遺跡だけど、内部は上へ下へと木の根のように張り巡らされた階段がたくさんあって、どこをどうやって通って来たか覚えていない。だって、最初は一方通行で、この道は出口に繋がっているとばかり思っていたし、中が迷路になっているなんて聞いていない。
 最初は壁画を楽しみながら進んでいたけど、今はそんな余裕なくて、一刻も早く出口に辿り着きたかった。入り口でランプを借りることができたとはいえ、地下だから薄暗いし……泣きそうだわ。
 シャワーズにオーロラビームの指示を出し、飛び出してきたアンノーンを倒したところで、私はため息を吐きながらぼやいた。

「そろそろ、光が恋しくなってきたわ……」
(あ! マスター、また文字があったよ!)

 シャワーズはある位置で立ち止まった。シャワーズが叫んでいる場所――突き当たりの壁にはアンノーンのような文字で『HIDARISHITA』と書かれている。これ以上迷子になることもないので、私は素直に従って左下の階段を下りた。
 こうやって、たびたび現れる文字を辿って、どんどん奥まで来たのだ。迷ってるのか、進んでるのか、正直よくわからない。でも、階段を下りきったところで今までとは違う広い部屋に出て、有り難いことにその部屋にはリュックを背負った男の人がいた。

「ふーむ」
「あの、何をしているんですか?」
「ここにある文字を解読しようとしているんだが、なかなかうまくいかなくてね。外国の文字のような、不思議な形をしている。アンノーンと同じ形だと思うのだが」

 ……? その出で立ちや、持っている分厚い本から、この男性が考古学者だということがわかる。でも、私には彼が言っている言葉の意味がわからなかった。だって、解読も何も、簡単に読めるから。
 壁には、今まで私が読んできた文字と同じ文字で、こう書かれている。『SUBETE NO INOCHI HA BETSU NO INOCHI TO DEAI NANIKA WO UMIDASU』

「全ての命は別の命と出会い何かを生み出す」
「ん?」
「って書いてありますよ?」
「……君、この文字が読めるのかね?」

 男性は怪訝そうに眉を寄せた。私は面食らってしまった。だって、誰でも読めるものとばかり、思っていたから。

「えっ……だって、貴方はどうやってここまで来たんですか?」
「わたしは行き当たりばったりで歩いていたらこの部屋に辿り着いたんだよ。道案内の看板でもあればいいんだが、ここにあるような文字の羅列しかなかったからね」
「……そう、ですか」
「?」
「すみません。失礼します」

 何かを聞かれる前に、私は急いで階段を駆け上がった。心臓が、ドクドクいってる。だって、私は、それを頼りにここまで来たのに。
 息を切らして上の階まで戻って来たとき、またあの文字が目に入った。……そういえば昔、シロナさんとこんな会話をしたことがある。

『シロナさん、何を読んでいるのですか?』
『古代文字の解読書よ』
『古代文字?』
『そう。現代の外国の文字に似ているけど、それよりもさらに難しいの。私も早く解読書なしで読めるようにならなくちゃ。何千年も前に生きていた人は、こんなに難しい文字を使っていたのね』
『……』
『遺跡なんかに生息するポケモン、アンノーンみたいな文字でしょう? この文字とアンノーン、どっちが先に生まれたか、研究者の間では議論されていて……』

 あのとき、本の中に書いてあった古代文字。幼い私でも読むことができたあの文字は、この遺跡の壁に書かれている文字と同じ形をしている。考古学者のシロナさんが読めないなんて、信じがたかったから何も言わなかった、けれど。今の今まで忘れていたけれど、古代文字を見てまた思い出してしまった。
 私は、モンスターボールからジーランスを呼び出した。

(主、どうした?)
「ジーランス。貴方が化石になる前に、こんな文字はあった?」

 ジーランスは壁に書かれた文字をしばらくじっと見上げたあと、ゆっくりと頷いた。

(ああ。人間たちが使っていた書物に書かれていたものと同じ文字だ)
「そう……ありがとう」

 ジーランスを再びモンスターボールに戻しながら、一人考えた。
 ジーランスが生きていた時代が、どれくらい前か分からない。でも、化石になるくらい時間が経ったはずだから、何百年と言わずもっと昔のはずだ。
 そんな昔の古代文字を、どうして私が読めたのか。記憶を失っている、幼い頃に習ったことでもあるのか。今の私には、それくらいしか想像がつかなかった。





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