80.同じ星に生まれた命


 あたたかい、夢を見た。懐かしい温もりに包まれる、夢。
 夢の世界から現実に意識を戻しても、私は目を開けられなかった。体中がぽかぽかして、素足に絡むシーツが気持ちいい。
 ここはベッドの中かしら。きっと、私は眠っているのね。本当に気持ちいい。シャワーズに起こされるまで、もう少し、このまま……。

「……?」

 でも、なんだか、すでに苦しい。胸に重石が乗ってるみたい。もう、起きなくちゃいけない時間なのかしら。
 名残惜しくも、ゆっくりと目を開ける。思った通り、目の前にはシャワーズの顔があった。

「……シャワーズ」
(マスター!)
「きゃ!」

 体を起こした直後、シャワーズからぐりぐりと顔を胸に押しつけられて、私はまた再び枕に頭を戻した。
 視線だけを動かして、部屋を見渡す。この内装は……ポケモンセンター? というか、シャワーズ以外のみんなもモンスターボールから出ていて、幽霊でも見たような顔で私のことを見ている。

(マスターマスターマスター!)
(うわあああ! レインさんが起きたぁ!)
(どれだけ寝たと思ってるんだよ!? 心配……心配なんてしてないけど!!)
「シャワーズ、どうして泣いてるの? ミロカロスもそんなにげっそりして……カラナクシ、私そんなに寝坊したの? ごめんなさい」
(レイン、寝坊なんてものじゃないんだけど)
「え?」
(主は計、百三十時間ほど眠っていた)

 冷静なランターンとジーランスの言葉に、思わず目が点になった。百三十を二十四で割ると五日と……少し………嘘。

「本当……なの?」
(覚えていない? レイン、ロストタワーで倒れたのよ)
「……あ」
(モンスターボールの中から見ていたが、主の様子は尋常ではなかった。何があったのだ?)
「ええ……覚えているわ。あのとき、憎しみを持って亡くなったポケモンたちの怨念が頭に入り込んできて、私、耐えられなくて」

 騒いでいたシャワーズ、カラナクシ、ミロカロスも静かになって、じっと私を見つめている。その瞳、一つ一つと視線を合わせて、私はゆっくり問いかけた。

「ねぇ。みんな、人間は嫌い?」
(どうしたの? シャワーズ、みんな大好きだよ。マスターも、デンジ君やナギサにいる人たちも、みんな大好き)

 シャワーズだけがすぐに、そう答えた。この子は生まれてから今まで、デンジ君やオーバ君たちといった、優しい人たちに囲まれて、彼らやその手持ちのポケモンを見て育ったから、きっと迷わずに答えられた。
 でも、そういう綺麗な世界だけを見られるポケモンは、本当に、少しだけ。その事実を裏付けるように、他のみんなは目を合わせて、苦い顔をした。

(この体の色を目当てに、わたしを捕まえようとする人間は嫌い)
(自分は化石になる前に大きな戦争を体験した。そこで思った。ポケモンを殺戮の道具に使う人間は、愚かだと)
(ボクたちは人間のために戦ってるのに、人間は自分が一番可愛いんだよね。本当に自分勝手だよ!)
(弱い、醜い、そういう理由で蔑まれてきたから、素直に否定はできません)
「……そう、よね」

 ランターンのような色違いのポケモンは極めて珍しく、コレクターやハンターに狙われることもあったのでしょう。
 ジーランスはまだ戦争が日常茶飯事だった時代から現代に復元されたポケモンだ。当然、人間の汚い部分をよく知っているはず。
 カラナクシはギンガ団から囲まれたときにトレーナーから置き去りにされた過去を、ミロカロスは進化前の外見や内面を理由に人間から蔑まれてきた過去を、それぞれ持っている。
 みんな、少なからず人間に不信感を抱いているのだ。
 私とみんなの間で、シャワーズが不安そうに行ったり来たりさせている。でも、とみんなは幾分か表情を和らげて、続けた。

(レインは、わたしのこといつだって特別な目で見ないから、好き)
(自分は今、思うのだ。主のように自分たちの気持ちを理解してくれる主人になら、いくらでも仕えられると)
(まぁ、アンタはちゃんとボクとの約束守ってくれてるし……別に、認めたわけじゃないけどさ!)
(レインさん、貴方は初めて僕を受け入れてくれた、とても優しい人だから)
「みんな」
(レインみたいな人間もいるから)
(主のような人間は特別だ)
(アンタみたいな変わった人間もいるし)
(レインさんのような人が増えてくれれば)

 シャワーズはほっとしたように笑った。私も思わず笑顔になった。
 嬉しい、と思った。伝わってる。私がみんなのことを大好きだって、大切だって想う気持ちが。
 私も、たくさん素敵な人たちを知っている。デンジ君、オーバ君、シロナさん、ヒカリちゃんにジュン君にコウキ君……みんなポケモンのことが大好きで、彼らのポケモンたちもみんな幸せそうにしている。

「強いポケモンがよくて、弱いポケモンがダメだとか。ポケモンは道具だとか、そんなことを決めつけている人間がいる」
(野生のポケモンとお話するとね、人間は悪い存在だから離れろ! って言うポケモンもいるの。でも、シャワーズ違うと思う。そういう考え、もったいないって思うの)
「確かに、ポケモンを道具みたいに扱う人間もいるわ。ギンガ団のようにね。でも、ポケモンが本気を出したら、人間を滅ぼすこともできるはず。それでも、まだ人間を見限っていないのは」
(ちゃんとわかってるポケモンもいるんだよ。人間にも、とても素敵な人たちがいるって)
「ええ。だから、ポケモンと人間は寄り添いあえる。全ての人間は悪だとか、全てのポケモンは道具だとか。そういうお互いの概念を捨て去ることができたら」

 この『力』がポケモンを理解するために神様から与えられたものならば、私はその理由を大切にしたい。全ての人間に、もう一度思い出して欲しい。初めてポケモンに触れた日のことを。泣きたいくらい愛しくて、かけがえのない命に出会えたときのことを。そうすれば、きっと、ずっと、私たちは一緒に生きていける。





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