雨が止み光が射し虹が架かる日


(雨の音は私を元気にしてくれる子守歌だった)



 記念すべき日に雨が降ったりしたら憂鬱になる人が多いかもしれないけれど、私は違う。私は雨が大好きだった。
 ポタリポタリと音を立てて地上に降り注ぐ雨は自然に元気を与えてくれる。草木やお花たちから伝わる波導が生き生きしたものに変わるのだ。まるで、私まで元気を与えられているように思える。
 それに、雨のあとには必ず光が射し込み、綺麗な虹を見ることができる。だから、私は雨が好き。
 子守歌のような雨音にうとうとしつつ、私はリオルを抱きしめた。

『シャインさま、ねむっちゃダメですよ』
「ええ……そうね。雨の音が心地よくて、つい」
『村では雨女なんて言われていましたもんね、シャインさま』
「ふふっ。確かに、私にとって大切なことがある日にはいつも雨が降っていたわね。でも、雨は大好きだからいいの。今日は故郷の村を離れて波導使い様の元に弟子入りする記念すべき日だけれど、雨が降っていて嬉しいわ」

 私たちが住んでいる世界は今、戦火に覆われている。世界、そして人間とポケモンは二つの勢力に分かれ、それぞれ赤と青の鎧を纏い、傷付け合う毎日を送っているのだ。
 私たちが住んでいる国はどちらにも属さない中立な立場をとっていたけれど、勢力の狭間にある国なので戦火は飛んでくる。特に、私が住んでいた村の住民は、人間もポケモンも特別な力を持っておらず、戦力から外されて国からは守られる立場だった。
 村人の誰もが一刻も早く戦争が終わることを願い、爆撃と炎に怯えながら国の隅でひっそりと暮らしていた。私もその中の一人だった。父さんと母さん、そしてリオルと一緒に木のみを育てたり布を織ったりしながら毎日を過ごしていた。

 私には幼い頃から不思議な力があった。例えば、ポケモンと会話をすることができたり、遠く離れた場所で起きた出来事を知ることができたり、目を閉じていても周囲の様子がぼんやりと、かったり、何かを守るための壁を張れたりと、そういったことだ。最初は意識して『力』を使うことができず、とっさのときに自分の意志とは関係なく発動することが多かった。
 その『力』の正体を知ったのは、リオルが私の元に来てからだった。リオルは、森で偶然見付つけたポケモンのタマゴから孵ったポケモンだった。この子は他のポケモンと違って、波導という不思議な力で人間と会話できるし、生き物の感情を読み取ったり、遠く離れた場所での出来事を知ることができるらしい。
 私の『力』とほぼ同じ効力を持つ力ーーつまり、私の『力』も波導だったのだ。

 ある日、私の元にお城から手紙が届いた。国の女王であるリーン様の署名が記されたそれには、丁寧な字で文章が綴られていた。書いてあったものを要約すると、こうだった。『貴方の波導使いとしての素質を生かし、戦争から国を守る手助けをして欲しい』と。
 正直、怖かった。この要請を受け入れたら、戦場に立たなければならないのだから、当然だ。でも、私は村を出て女王様の元に向かう決意をした。両親には止められたけれど、でも、私のことを想って止めてくれる優しい二人のことを守ることができるのならと、説得を重ねた末に納得してもらった。
 私は村を守りたかった。何より、無益な戦争を早く終わらせたかった。そのために私の波導が必要なら、いくらでも力になろうと思ったのだ。
 数日後、私はリオルと共に村を出た。

 波導使いとして未熟な私に、リーン様は師を用意して下さるらしい。人間が波導を使う例はそう多くはないけれど、確かに前例はある。その代表たるものが、国の女王リーン様に仕えているという波導使い様だ。波導使い様は様々な用途に波導を使いこなし、従者のルカリオと共に戦争を終わらせるべく暗躍しているという。
 噂では、青い服に身を包み、マントを翻し、不思議な形状をした杖を持つ男性らしい。まずは彼の元で波導使いとしての修行を積むこと。それが私に与えられた役目だった。

「波導使い様ってどんなお方なのかしら。お優しい方だとリーン様の手紙には書いてあったけれど……」
『リオルも早く会いたいです』
「そうね。雨も小降りになってきたことだし、そろそろ行きましょうか。今日中にお城へ到着しないといけないのだし」
『はい』

 ーーふわり。リオルの顔の横についている房が揺れる。いつもリオルが波導を使うときに見せる仕草だ。

『この森を真っ直ぐ抜ければ城下町に着きます。お城はその先です』

 波導を感知する力自体は、私よりリオルのほうが高い。早く私も追い付かないと……ううん。それ以上の力を身に付けなくちゃ。
 雨宿りをしていた木の麓から腰を上げて、スカートをはたいた。

「ありがとう。じゃあ、行きま……」

 そのとき、目の前を大きな陰が横切った。思わず足が竦む。サイドンだった。しかも、顔は赤い兜で覆われている。戦争国のポケモン、だ。
 どうして中立の国の、しかも城下町に近い森にまで侵入しているのか、考える暇すら与えられなかった。錯乱状態のサイドンは私たちのほうに突進してきた。

「! リ、リオル!」
『はいっ!』
「はっけいよ!」

 私の指示を聞いたリオルが果敢にもサイドンに向かっていってくれたけど、体格と力の差がありすぎた。リオルは弾かれて地面に叩き付けられてしまった。急いで駆け寄って抱き起こす。サイドンは私たちの目の前だ。
 ーーやられる。そう思ってぎゅっと目を瞑ろうとした瞬間、私たちとサイドンの間に青い壁が出現した。知ってる。これは、波導を固めて身を守るときに使う方法だ。
 波導の壁に激突したサイドンがよろめいた。その隙を見て、あるポケモンが壁を乗り越えてサイドンに立ち向かっていった。ルカリオだった。ルカリオは手足を使い強力なインファイトを繰り出した。サイドンは一瞬にして戦闘不能となり、その場に倒れてしまった。
 華麗に着地をしたルカリオが、こちらを見る。

『殺しますか?』

 私に問われているものだと思って、首を振った。

「いや、兜を割って野性に返そう。そうすれば再び戦争に駆り出されることはない」

 私のすぐ後ろから男の人の柔らかい声が聞こえてきた。目の前で起こっていた出来事に気を取られていて、いつの間にか背後にいた気配に気付かなかった。
 特徴的な帽子と青い服、長いマント、手のひらから放たれた波導の壁、不思議な形をした杖、ルカリオを従えた端正な顔付きの男の人……まさか。
 男の人は私の腕を引いて立たせながら、申し訳なさそうに眉を垂れた。

「すまない。戦争国のポケモンたちと出会して戦っていたのだが、一匹だけ取り逃してしまって追いかけていたんだ。きみ、怪我はないかい?」
「は、はい。でも、リオルが……」
「少し怪我をしているね。ルカリオ。波導を分け与えて回復させるんだ」
『はい』

 私の手からリオルを受け取ったルカリオは、目を閉じて腕の中に波導を集中させた。青白い光が集まっていく。リオルの傷が癒えている。波導って回復効果もあるんだ……初めて知った。

「しばらく安静にしておけば目覚めると思うよ」
「あ、ありがとうございます。あの、波導使い様」
「わたしのことを知っているのかい?」
「はい。貴方の弟子となり波導の訓練をし、戦争を止める手助けをして欲しいと、リーン様から命を受けてここまで参りました。シャインと申します」

 スカートを持ち上げて頭を下げる。波導使い様は少しだけ目を見開いた。

「話には聞いていたよ。まさか弟子となるのが少女だったとは……」
「え? いえ、あの……こう見えても一応、成人はしておりますので……」
「え!? あ、ああ……すまない」

 コホン! 気まずさを紛らわすように大きく咳をしたあと、波導使い様は私に向かって右手を差し出した。

「わたしはアーロン。女王リーン様に仕える波導使いだ」
「アーロン様。これからよろしくお願いします。まだまだ未熟者ですが、お役に立てるよう頑張ります」
「そう堅くならなくていいよ……っと。また雨が強くなってきた」

 ーーふわり。雨が何かに遮られた。アーロン様がマントを広げて、私が濡れないようにしてくれていたのだった。

「これ以上、酷くなる前に城へ帰ろうか。ルカリオ、シャインのリオルを頼むよ」
『はい』
「あ、あの、アーロン様、私、濡れても大丈夫ですから」
「風邪でも引いて明日からの鍛錬に支障が出ても困るだろう?」
「は、はい……」
「もう少し近付いて……さあ、走るぞ!」

 寄り添い合うように森の中を駆け抜けていく。心臓がドクドク煩く鳴っているけれど、走っているせいだということにした。
 この方は……アーロン様は私の師となって下さるお方。いくら素敵で優しいお方でも、特別な感情を持って接してはならないのだから。一目惚れなんて、そんなことは許されない。
 でも、何度心に言い聞かせても、私の頬は熱を帯びるばかりで、どうしようもなかった。




PREV INDEX NEXT

- ナノ -