彼女しか知らない恋がある


(宝物のような恋だった)



 思い返せば、以前から朧気に少しずつ夢見ていた。女王様が統べる古城。森の中にひっそりと沸く温泉。古代のポケモンが住む大きな樹。世界を二分する戦争。ルカリオを連れたゲンさんとよく似た勇者様。
 夢の中の私は相棒のリオルと共に、今の時代よりも何世紀と昔を思わせるような、ファンタジーの世界に生きていた。時間軸はバラバラで話が前後する、でも繋ぎ合わせれば一つのストーリーになるような、そんな夢だった。
 散らばったパズルを埋め合わせるような感覚。全てのピースが集まった時にパズルが完成して、描かれていた物語を知る。

 ーー 昨晩の新月の出来事だった。

 シンオウを旅していたときに、ミオシティの図書館で読んだ『波導伝説』はおとぎ話なんかではないこと。そして、ゲンさんから聞いた伝説の裏に隠された物語のほうが史実だということを、知ってしまった。ううん……思い出した。思い出すべきだったのだ。思い出さなければ、ゲンさん一人に辛い思いをさせたままだった。
 だから、私は伝えに行かなくちゃいけない。寂しい笑顔で人と距離を置く彼のために、言わなくてはいけない言葉がある。

「レイン」

 ラプラスの背に乗ろうとした私を呼び止める声がした。デンジ君だ。不安が滲んだ声色だった。

「本当に一人で大丈夫か?」
「ええ。チャンピオンロードは一度越えたことがあるし、平気よ」
「リオルは連れて行かなくていいのか?」
「……あの子にはまだ話さないつもりなの。まだ小さいし……あの子がもう少し成長してから話すわ。私とあの子、ゲンさんとルカリオのこと」
「……レイン」

 抱き寄せられた腕の中で、そっと、目を閉じる。
 全てを思い出した夜、気が動転して泣きじゃくる私を見たデンジ君まで不安にさせてしまった。でも、やっぱりデンジ君は優しいから、とても優しいから、朝が来たら私の涙を拭いながら、一つずつ話を聞いてくれた。私が生まれる前の『私』の話、ゲンさんではない『彼』の話、二人が生きた時代、そしてーーその最期を。
 『私』は幸せだった。大切な仲間と大切な人に囲まれて、幸せな毎日を過ごしていた。そう、最期の瞬間さえ幸せだと思った。
 でも、『彼』は違った。勇者として後世に名を残した『彼』は、最期の瞬間まで自分を責め続けていた。ゲンさんとして現世に生まれ変わった今も、彼は前世に囚われている。だから、あんなに寂しそうな微笑を張り付けて人と一線を引いているんだと、思う。

「レインまで自分を責める必要はないんだからな。おまえのせいであいつは今も辛い思いをしているなんて思うなよ」
「ええ。最期の選択を『私』は後悔しなかった。それをちゃんと伝えなくちゃ。そのために、私はゲンさんと二人で会わなくちゃいけないの」
「……レイン」
「なぁに?」
「ちゃんと、オレのところに戻ってくるんだろ?」

 そっと顔を上げる。デンジ君の瞳の色がいつもと違う色をしているような気がした。悲しみや寂しさを塗り固めたような、深く、美しい蒼だと思った。
 私が思い出した前世の記憶とゲンさんの関係性をデンジ君に明かしたあと、彼もまた自分の想いをぽつぽつと私に話し出した。前世の記憶を思い出したことで、私がゲンさんに想いを寄せるようになるのではないかと、不安に駆られたということ。そのときのデンジ君の声は、少しだけ震えていた。
 私は改めて実感した。ああ、私はこんなにも彼に愛されているんだ……って。

「確かに前世の『私』と『彼』は愛し合っていたわ。でも、『私』と私は違う。今、私が愛してるのはデンジ君だけだから……」

 ありったけの気持ちを込めて抱きついたあと、ゆっくりと離れた。今度は呼び止められなかった。デンジ君はラプラスに乗った私に「気をつけろよ」とだけ言って、微笑みかけてくれた。信頼してくれていると思うと嬉しくなる。私の想いも、強さも。
 ナギサの浜辺を離れて遥か北を目指す。ゲンさんと会う前に行かなくちゃいけない場所がある。会わなくちゃいけないポケモンがいる。そのポケモンがいるという花の楽園を目指して、私たちは進む。

「みんなも出てきて。せっかくだからみんなで泳ぎましょう」

 背中に乗せてくれているラプラス以外に、シャワーズ、ランターン、ジーランス、ミロカロス、トリトドンを海上に寄びだした。晴天の下で、みんな伸び伸びと海を泳いでいる。その中で、私はジーランスに声をかけた。

「ジーランス」
(何だ?)
「貴方は化石になる前の時代で戦争を体験していたって言っていたわよね」
(ああ。主が読んでいた波導伝説の本に記された戦争だ)
「当時の記憶はあるの?」
(……完全ではないがな。所々抜け落ちている部分はあるが……波導使い見習いの人間とよく話していたことは覚えている。戦争を止めたいと願う心の優しい娘だった)
「……そう。ねぇ、ジーランス」

 ジーランスには話せるかもしれない。そう、思った。

「それはたぶん『私』だわ」

 普段は感情に起伏がないジーランスから、少しだけ乱れた波導が伝わってきたことがわかった。私は確信した。前世の『私』はジーランス自身と同じ時代を生きていた……と。

「貴方と関わりがあった波導使い見習い……『シャイン』の生まれ変わりが私で、その夫であり師である波導の勇者として名を残した『アーロン』の生まれ変わりがゲンさんなの」

 まだまだ続く長い海路の合間に、昔話でもしましょうか。私にとってとても大切で、少しだけ切なくて、でも愛おしい物語を聞かせましょう。そうやって、私は『私』の記憶を一つずつ整理する。




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