お伽噺は現世に続く


〜side Denji〜

「オレに似たやつも波導伝説時代にいたりするのか?」

 絡まっている電線を解きながら、オレは特に深い意味もなくレインに問いかけた。これは次の改造で使うのだ。

「前世とかそういうの、今もまだちょっと信じられないところもあるが、信じないわけにもいかないしな。もし、オレにも前世があるなら、前世のレインが生きた時代にいたかもしれない、なんてな」
「……」
「オーバはあれだな。前世は人間じゃねぇな。バッフロンだ、バッフロン。確かイッシュにアフロブレイクという技を持ったそんな名前のポケモンがいるらしい」
「……」

 オレは配線をいじっていた手を止めた。さっきからレインが何の反応も示さない。
 レインがゲンに、思い出した前世の全てを……前世の自分の想いの全てを打ち明けて来ると言って、ナギサを出たのがつい昨日の朝。レインはその日の夕方、ゲンのボーマンダに乗ってナギサに……オレのところに戻ってきた。
 レインの前世がハッピーエンドと呼べない終わり方だったということは、オレも聞かされていた。しかし、帰ってきたレインの表情はどこか吹っ切れているように見えたから、全てをすっきりさせて帰ってきたとばかり思っていた。しかし、やはり昨日の今日でこの話題はタブーだっただろうか。
 もし泣かせてしまったなら素直に謝ろう。そう思って、オレは左隣に座っているレインに視線を向けた。レインはオレの隣で料理本を読んでいたのだが、何故か、本を読むポーズをしたまま硬直していた。泣いているであろうとオレが恐れていた表情は、何とも表現しがたいものだった。

「……おい、レイン」
「は、はいっ」
「顔」
「え?」
「目が泳いでるぞ」
「え、あの、その」
「こっちを向け。目を合わせろ」

 両頬を掴んでがっちりとオレの方を向かせてやる。レインは狼狽えた様子だったが、オレに目を合わせろと命じられたからだろう。落ち着かなそうにオレの目を見つめ返してきた。これは、オレの心配は杞憂に終わりそうだ。終わりそう、だが。

「何を隠してるんだ」
「なっ、なにも!?」
「嘘だろ!? 完全に嘘だろ!? わかりやすすぎだ! 何か知ってるんだろ!?」
「し、知らないの」
「嘘付け、この! なんだよ、めちゃくちゃ気になるだろその反応! 何か!? オレの前世はコイキングだったとかそういうオチか!?」
「ち、違うわ。ちゃんと人間だったけど……あっ」
「やっぱり知ってるんじゃねぇかぁぁぁ!」

 レインの前では比較的クールに振る舞うことを心掛けていたはずだが、キャラが崩壊してしまうほどオレは必死だった。だって、気になるだろう。彼氏の鼻から鼻毛が飛び出ているけど言うに言えない彼女、みたいな心境の表情をされていたら気になって仕方ないだろう。

「なあ、何を言われても怒らないから教えてくれよ。オレはどういうやつだったんだ?」
「い、今と同じよ? 優しくて、機械いじりが好きで……」
「具体的に、前世のレインとどういう関係だったんだ?」
「……言えないわ」
「なんでだよ!」
「デンジ君、優しいから泣いちゃうかもしれないもの」
 
 ……え。なんだよそれ。前世が跳ねるしか使えないコイキングだったらある意味泣けるだろうが、そういう意味ではないようだ。これは気になる。ますます気になる。もう、話を聞いた後のオレがどうなろうと知ったことじゃないから、とにかく今この胸の中のモヤモヤをどうにかしたい。
 ジーッと見つめ合うこと数分間。根負けしたのはレインの方だった。
 レインが語り出したのは、レインの前世であるシャインと、同じ世界に生きていたオレと瓜二つの人物との、たった一度きりの出逢いだった。


 * * *


「はぁ、っ……はぁっ」

 私は森の中を必死に駆け抜けていた。とはいっても、宛もなくという訳ではない。波導を使って地形を脳の中に描き、目指すべき場所を目指して走っている。
 目指すべき場所。それは、離れ離れになったリオルと約束した中立国の領土内。どうして離れ離れになったのか。それは、中立国と青い国の境界にいた青い国の軍人とポケモンたちに、いきなり襲われたから。不意を突かれて襲い掛かられ、一時的に混乱した私が逃げ出した方角は自分の国ではなく、青い国の領土が広がる方向だった。
 基本的に、戦争に参加していない中立国の領土内には、戦争国の人間は立ち入ってはいけない決まりだけれど、国を跨いでいる森の中で、国境は曖昧なものになっている。普段、この森は立ち入りを禁じられているけれど、今日は薬草を採るために例外としてリーン様から許可をいただき、私はこの森に入ったのだけど……本当に、運が悪い。

「いたぞ! 中立国の女だ!」
「捕まえて取引の材料にするぞ!」
「!」

 追手はすぐ傍まで来ている。所詮、女の足では逃げ切れないのかもしれない。でも。

「立ち止まったぞ! 降参したのか!?」

 私には、波導がある。リオルがいなくても、ある程度なら戦える。

「おい、女。大人しくしときゃ痛い思いはさせねぇよ。お前は中立国を俺たちの国に取り入れる交渉道具になってもらう」
「国民を一番に考えるリーン女王のことだ。人質がいると知れば、要件を飲むだろうからな」
「そんなことないわ」
「あ?」
「リーン様は確かに、民のことを何よりも大切に考えてくださる方。でも、私一人の命が危ないからといって、その他大勢の民と国を犠牲にするようなことはしないわ。私を捕まえたところで、無駄よ」
「そう言って逃げようったって、そうはいかねぇよ?」
「そうかしら」

 杖を両手で持ち、青い国の軍人二人に向かって突き出した。杖の先端にある石に波導を集中させ、放つ。ルカリオたちが使う波導弾を参考にしてみたけれど、どうやらうまくいったらしい。波導を受けた青い国の軍人たちが怯んだ隙に、私は再び逃げ出した。背後からみずでっぽうが迫ってきたことを察すると、私は自分を波導のバリアで守った。

「あの女、波導使いだ!」
「ああ!? 波導使いのアーロンと言えば男だろ!?」

 そんな会話が後ろから聞こえる。やっぱり、修行中の私が使う波導弾じゃ、大したダメージにはならなかったみたいだ。でも、逃げ切ればいい。相手だって、たった二人だけで中立国の領土まで追いかけてはこないだろうから。
 軍人たちが持っている武器は剣。ポケモンはカクレオンとヤドラン。そう素早くはないだろうし、遠距離攻撃はできない。できたとしても、さっきみたいに波導を使って前もって攻撃を感知し、バリアを作れば回避できる。私の波導が尽きる前に、逃げ切ることを祈るばかり。
 私は全波導を背後に集中させ、走り続けた、逃げるべき方角は、すでに頭の中に入っている。

 どのくらい走り回っただろう。追手の気配はだいぶん遠くになった。少しくらいなら、足を止めてもいいかもしれない。
 立ち止まった私は大きく息を吸って、額の汗を拭った。国の領土まであと少しとは思うけど、もう一度現在地を確認しておくために、私は波導を四方八方に広め、目を閉じた。
 瞼の裏に、森が広がる。その中を、前方から凄まじい速さで飛んでくる何かの波導を感知した。感知したその瞬間には、私の右肩に激痛が走っていた。とっさに肩を押さえ、その場にしゃがみ込む。
 血が、どんどん溢れてくる。波導を感知した瞬間には、攻撃はもう届いていた。音速か、それ以上での速さの攻撃。ポケモンの技でも、ここまで速い技はそうない。
 私を追っていた軍人たちとは別の人間の波導が、前方から近付いてくる。右手には、見たこともない武器を持っているようだ。傍らにはレントラーを連れている。その人物が私の目の前で足を止めたので、私は意を決して顔を上げた。
 そこには、目が覚めるような金髪をした男の人が、海のような青い瞳で私を見下ろしていた。男の人は青い国の軍服を着ている。

「波導使いを捕えるために応戦を頼む、と連絡があったから、この武器を試すために出てきてはみたが、波導使いって女かよ。女を撃つとは、後味悪いな」
「……っ」
「ああ。これか。オレが作った武器なんだが、銃っていうんだ。ほら」

 バン! と大きな音を立てて、銃というそれの先端の穴から煙が出ていた。その先の地面には、何かがめり込んでいる。これが、銃から放たれた……?

「その銃弾をこれで撃つんだよ。音速かそれ以上の速さだからな、そう避けられるものじゃない」
「っ!」

 銃口が、私の頭に突き付けられた。

「波導とやらがどんなものかは知らないが、この至近距離でさっきの攻撃は避けられないんじゃないか?」
「……私を、殺すの?」
「いや、殺さない。それに、国のお偉いさんに渡すつもりもない」
「え?」
「波導とやらがあれば、もしかしたらもっとすごい武器が作れるかもしれないからな」

 恐ろしいことを言いながら、金髪の彼は子供のように無邪気に笑ってみせた。


 * * *


「なぁ、見せろよ」
「……」
「肩の手当てしてやっただろ? 波導、見せてくれよ」
「戦争の道具になるかもしれないのに、そんなことできません」

 つまらないな、と金髪の人はため息をついた。
 あれから、レントラーの背に乗せられた私は小さな小屋に拉致されてしまった。確かに、怪我の手当てはしてくれたし、拘束されているわけでもないけど、私のすぐ背後ではいつでも電撃を放てるように彼のレントラーが構えているし、彼は彼で手の内で銃をいじっているし、小屋の至る所に武器が転がっているのだから、警戒が解けるはずがない。
 気丈に振る舞っては見せるけど、本当は、いつ殺されてしまうか怖くてたまらない。

「どうしても見せる気はない?」
「ない、です」
「そうか。それなら、仕方ないな」
「……!」

 撃たれる、と思ってぎゅっと目を閉じたけど、何秒たっても衝撃はこなくて、代わりに離れたところでポンッという何かが落ちた音がした。恐る恐る目を開けると、彼の手の中に銃はなく、それは仮設ベッドの上に移動している。まさか、あんな物騒なものを投げたのだろうか。

「そんなに怯えんなって。あれ、銃弾入ってないし」
「え……」
「レントラー、もういいよ」

 彼がそう言うと、レントラーは殺気を解いて私に近付き、ペロリと頬を舐めた。まるで「ごめんね」と言うみたいに。

「おまえ、大人しそうに見えて案外度胸あるし、肝も据わってるし、頑固みたいだし、これ以上脅しても見せてくれないだろ? 波導」
「え?」
「だから、もういいよ。おまえの国に帰してやる」

 どういうことなのか、さっぱりわからない。彼は青い国の軍人で、私を捕えるように言われたからあの場に来たのでしょう? それなのに、国に帰すなんて、いったいどういうことだろう。これも、何かの罠かしら。
 私の頭の中が疑いで溢れているうちに、彼は脱いでいた軍服を羽織って、レントラーと共に小屋の外に向かったから、私も慌ててその後を追った。彼の腰にあるホルダーに別の銃が下がっているのを見付けて、反射的に体は逃げ出そうとしたけれど、彼に腕を掴まれて強制的にレントラーの背に座らさた。彼も私の後ろに座ると、レントラーは地を蹴った。
 レントラーが向かっている方向を波導で確認すると、確かに青い国と中立国の境界に向かっているようだった。本当に、逃がしてくれるつもりみたいだ。

「貴方……軍人でしょう?」
「ああ。一応な。正確には武器や防具の整備士だ。主に、戦争に使う武器を開発している。さっきの小屋はオレの仕事場」
「いいの? 軍人なのに私を逃がして……捕まえろって命令があったんじゃ……」
「正直、オレは戦争なんてどうでもいいんだよ」
「え……?」
「勝とうが負けようが、どうでもいいんだ」

 軍人なのに? そんな私の疑問が雰囲気でわかったのか、彼は言葉を濁した。

「あー……別に、軍人になりたくてなったわけじゃないんだ。ただ、機械いじりが得意で仕事にしていたら、国のお偉いさん方の目に留まったってわけ。国から開発の資金がもらえて好きな機械いじりができるのは在り難いが、別に戦争に協力したいわけじゃねぇよ」
「……でも、貴方の武器は人やポケモンを傷付けるわ」
「……そうだな。心のどこかでは、自分の国が戦争に勝って欲しいと思っているのかもしれない。生まれてから今まで育った国だ。家族もいるし、仲間もいる。だから、どんな形であれ、戦争が早く終わることを望んでいるのかもな。オレは」
「……」

 戦場にいる人の多くは実際、彼のような人が多いのかもしれない。守るべき人がいるから、帰りたい場所があるから、戦う。
 だとしたら、最初に道を間違ってしまったのは誰だろう。どうして、戦争が始まったのだろう。憎しみが生まれてしまったのだろう。どうして、どうして。
 出てくるはずのない答えを探すのは止めにして、出逢ったばかりの彼のことを考えた。彼は本当に軍人らしくない軍人だ。だって、背中に感じる彼の体温はこんなにも温かい。

「貴方は優しいのね」
「はぁ? 初めて言われたぞ、そんなこと」
「そうなの? だって、私のこと帰してくれるって」
「その前に、おまえを拉致したのはオレだからな。第一、おまえを撃ったのに」
「でも、ワザと急所を外してくれたんでしょう?」
「……波導っていうのは心も読めるのか」
「読めるけど、今は読んでないわ」
「はぁ!? ……やられた」
「ふふっ」
「……本当は威嚇するだけのつもりだったんだけどな。掠っただけとはいえ、当たっちまった」

 不思議。少し前まであんなに怖くて、命のやり取りをしていたのに、今、私は笑っているなんて。本当に、不思議。

「ごめんな。肩、痛かったろ」

 謝罪の言葉を紡ぐ彼の声は、酷く優しかった。顔を彼に向けようとしたら、レントラーが立ち止ったので、私たちは地面に足をつけた。ここは国の間に架かっている橋。この橋を越えれば、私たちの国だ。

「この時間の橋の見張りは一人だ。オレが見張りを引き付けておくから、おまえは橋を渡れ。境界が曖昧な森を抜けるより、逆に安全だからな」
「わかったわ」
「……いきなり素直になったな。オレは嘘を言ってるかもしれないぞ?」
「ううん。貴方は嘘を付かないわ。貴方から感じる波導、強くてとても真っ直ぐだから」
「ははっ、なんだそれ」
「ふふっ」
「……オレが言うのも変だけど、こんな戦争で死ぬなよ」
「ええ。貴方も。えっと……」
「名乗る必要はないだろう?」
「……そうね。きっと、これが最初で最後だから。じゃあ」
「ああ」
「ありがとう。さようなら」

 そして、私は名前も知らない彼に背を向け、橋に向かって駆け出した。最後に見た彼の顔は、どこか笑っているようにも見えた。


 * * *


「これが、前世の私……シャインが前世のデンジ君…だと思う人に逢ったときの記憶なんだけど……」
「……」
「あ、あの、本当にデンジ君の前世って決まったわけじゃないの。ただ、見た目はそっくりだし、彼とデンジ君の波導は同じだけど」
「いいよ、レイン。フォローしなくて」
「デンジ君……!」

 見た目は同じ、波導も同じ、さらには機械好きでレントラー使いなんて、オレ以外の何者でもないじゃないか。 
 最悪だ。命を狙ったわけではないにしろ、シャインを……レインを傷付けたなんて、本当に最悪だ。レインが危惧していた通り、本当に泣いてしまいそうだったが、ここは堪えた。
 代わりに、レインを思い切り抱きしめた。

「で、デンジ君?」
「ごめんな、レイン。ごめん」
「そんな、気にしないで? ね?」
「オレはもう絶対、レインに痛い思いや辛い思いをさせたりしないからな。絶対、幸せにする」
「ふふっ。デンジ君。そんな宣誓してもらわなくても、私、今ものすごく幸せよ」

 そう言って、レインは恥ずかしそうにオレの頬へとキスしてくれた。ああ、もう。逆に幸せにしてもらってどうすんだよ、オレ。
 前世の分まで、現世ではオレが幸せにしよう。レインがオレに幸せをくれるなら、それを何倍にもして返してやろう。一緒にいるのも飽きるってくらい一緒にいてやる。もう、絶対に独りになんかさせてやるものか。
 そんな誓いを込めて、オレはレインの唇へとキスを返した。



(終戦の日、柔らかい癒しの光を見た『彼』が命を落とすその瞬間、何故か涙を流した事実を、現世の二人は知らない)



20120117



おまけ

デ「オレ、死ぬときはレインより後に死にたい」
オ「は? どうした? いきなり」
デ「いや、そのままの意味だけど。最期までずっと傍にいてやりたい」
オ「意外だな。どういう心境の変化だよ。おまえのことだから、レインがいなくなったら満足に飯も作れないだろうし、自分が後から死にたいって言うと思ったぜ」
デ「そうしたら、レインが独りになるだろ」
オ「まぁ、後から死ぬほうがそうなるだろうけどよ」
デ「それは嫌だ。レインには寂しい思いさせたくないし、独りにさせたくない。だから、オレはレインより後に死にたい」
オ「……なんかいきなり大人になったな、デンジ。レインが旅に出たときはあんなに狼狽えて拗ねてたのに」
デ「だって、痛々しいだろ。前世のことでレインが泣いていたのは一度だけ。故郷がなくなったことに至っては悲しんでいるところを見たことがない。ずっと、いつもどおりニコニコしてるんだ、あいつ。どれだけ辛いことを我慢しているのかと思うと、もう辛い思いはさせたくないだろ」
オ「うーん。我慢してないんじゃね?」
デ「は?」
オ「なんでレインが笑っていられるかって、簡単だろ。今が幸せだからだろ」
デ「……」
オ「辛い記憶は忘れられなくても、それ以上にデンジといる今が幸せだから、レインは笑っているんだと思うぜ」
デ「……オーバ」
オ「はは! まあ、まずはプロポーズしようぜデンジ君! 泣かせるくらい幸せにしてやれよ!」
デ「……うるせぇ」
オ「照れてやんの!」
デ「マジでうぜぇ! おまえに語るんじゃなかった!」

おわり

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