次は幸せになりましょう


(永遠の別れではないけれど、とてもとても長い、さようなら)



 風、森、海、大地……違う、この世界を構成する全てが震えて、悲鳴を上げている。破滅へのカウントダウンは、着実に、進んでいる。

「アーロン様! アーロン様……!」

 アーロン様と同じベッドで眠ったはずなのに、目覚めたとき私は一人だった。隣にいるはずだったアーロン様の姿はなく、温もりすらも残っていなかった。
 そのとき、なぜアーロン様がいないのか、前夜の様子がなぜおかしかったのか、一瞬で理解した。心臓が抉られるかのような波導を、全身に感じたからだ。
 アーロン様は私より遥かに優れた波導使い。もしかしたら、前日からこの波導を感じていたのかもしれない。人の中に眠る破壊衝動、醜い欲望がじわじわと膨れ上がっていく予兆を感じ取り、爆発することを想定していたのかもしれない。
 そして、アーロン様は何かをするつもりだろうと思う。その何かが私にはわからないけれど、でも、悪い予感しか浮かんでこない。だって、昨晩、アーロン様はまるで「これで最後」だというように、酷く優しく私に触れたから。
 走って、走って、とにかく走って、思い付く限りの場所を探した。お城、城下街、森。どこを探してもアーロン様の波導は感知できない。きっと、ご自身の波導を隠しているのだと思う。きっと、私がアーロン様を探すことを、想定して……ますます、悪い結末ばかり思い浮かんでしまう。
 最後に辿り着いたのは、洞窟の先にある海水が満ちた湖がある原っぱだった。私とリオル、アーロン様とルカリオ、そして、ジーランスでよくお話をしていた場所。ぐるりと見渡しても、アーロン様の姿はなかった。代わりに、衰弱した別の波導と、変わり果てた姿をした、友人の姿が、あった。

「ジーランス!!」
(……シャイン、か?)
「喋らないで! 酷い怪我……! 待って。すぐに波導で」
(いい。ここまで酷い傷だと、波導の力でも治すことは不可能だ。どのみち、自分は助からない)
「そんな……っ! っ、押し潰されるように強い怒りの波導が、世界中を包んでいるの! どうして……どうしてこんなに突然、戦争が……」
(赤の国も青の国も、今日で全てを終わらせようとしているのだ。もうすぐ、二つの国が本格的にぶつかり合い、欲望と憎しみに塗れ、どちらかが息絶えるまで殺し合う)
「その中心となるのが……私たちの国……?」
(……そうだ。戦争には何の関係もない、平和を願うたくさんの罪なき人間が死ぬだろう)
「っ」

 リーン様は、国民の前で気高く振る舞い人々に希望を与え続けた裏で、寝る間も惜しみ国のために最善策を考えて兵や私たちを動かしていた。
 アーロン様は、波導を使い戦争の現状をいち早く掴み、リーン様に情報を提供するため、何度も危険な橋を渡っていた。
 ルカリオとリオル、そして兵士やそのポケモンたちは、国民を戦火から守るために戦いの最前線に立っていた。
 私は、そうして傷付き帰ってくる人たちを癒すため、毎日修業を積んで波導による回復を完全なものにした。『波導の聖女』とまで呼ばれるようにもなったほどだ。
 この数年で、たくさんの人が命を落とした。国を守るために戦ったり、戦火に巻き込まれて、何の罪もない人たちが亡くなった。
 それでも、私たちがやってきたことは無駄だったの? 何も守れないまま終わりを迎えるの?

(……しかし)
「え?」
(それを。自分の命に代えて止めようとしている男がいる)
「え?」
(お前の師であり、夫である、波導使いだ)
「アーロン様が!?」
(ああ……自分はあの男が一人、はじまりの樹に向かうのを見た。あの男は以前、はじまりの樹に眠る力を借りれば戦争を終わらせられるかもしれないと、自分に話していた)
「そんな……私には何も」
(しかし、それには命を落とすほど大量な波導の力が必要だとも、言っていた)
「!」
(だからだろう……お前に何も言わなかったのは)
「そんな……アーロン様、たった一人で……」
(愛する者たちまで道連れにするくらいなら、自分一人が全てを背負い犠牲になる……あいつはそんな男だ……ぐっ!)
「!」

 そこまで話すと、ジーランスは大量の血を吐き出した。本来なら、命を落としていてもおかしくない傷だ。それでも、ジーランスがここにいて、生きていてくれたのは、もしかしたら私を待っていてくれたのかもしれない。アーロン様のことを、私に伝えようとしてくれたのかもしれない。

「ジーランス!」
(シャイン……もし、転生とやらが存在するのなら……次は戦争のない時代に生まれたいものだな……平和な時代で再びお前たちに巡り会えることを願おう……さらばだ)
「ジーランスーーっ!!」

 ジーランスの体が湖の底に沈んでいく。深い青に包まれてだんだん見えなくなっていく。海水と同じしょっぱい水が、私の目から流れて水面に波紋を作った。哀しい、でも、今は泣くべきではない。
 ジーランスは私が今、一番知りたかったことを伝えてくれた。どう動くかは、私次第。でも、私の答えは決まっていた。

「アーロン様……貴方一人を犠牲になどさせません」

 例えそれがアーロン様を裏切る答えだとしても、私は私の力で役目を果たし、大切な人たちが住む世界を守りたかった。




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