別れを決めた最期の夜


(深く強く愛して欲しい。貴方をこの身に深く刻みつけて、忘れられないようにして欲しい)



 大輪の花が咲く音が、遠い夜空からここまで響いている。窓から夜空を見上げれば、お城の屋根に隠れて花火が微かに見えるけれど、中庭の池は鏡のように夜空の風景を映し出していて、大きな花火が打ち上げられては消える様がはっきりと見えた。

「シャイン」

 名前を呼ばれ、振り返る。外のひんやりとした空気と共に、アーロン様が部屋に帰ってきた。普段のマントとは違い、燕尾服を着ているアーロン様は、その上着を脱いでネクタイを緩め胸元をくつろげながら、ベッドに腰を下ろした。

「アーロン様」
「先に戻っていたんだな」
「申し訳ありません。『この子』がグズりだしたので……」

 小さなベッドでスヤスヤと眠っている『この子』の前髪をゆるりと撫でる。『この子』はアーロン様譲りの黒髪だけれど、まだ髪質はとても柔らかくて細い。ふわふわした感触から綿菓子を思い出してしまい、思わず笑みが溢れてしまった。

「花火の音にも起きないな」
「ええ。ハシャぎすぎて疲れたのかもしれませんね」

 年に一度開催されるようになった舞踏会に、今年は私とアーロン様と『この子』の三人で参加した。『この子』は私かアーロン様の腕に抱かれてばかりだったけど、初めて見る沢山の人に興奮しきってよく笑っていた。見た目だけではなく、人見知りしないところもアーロン様似なのかもしれない。
 池に映る花火を見ていると、自然と三年前のことを思い出してしまう。すれ違った末に、辿り着いた一つの答え。花火の音とアーロン様の温もりに包まれたあの夜、私は世界で一番幸せになれたんだと思った。

「あれからもう三年になるんですね」
「あれから?」
「アーロン様と想いが通じ合ってから、です」
「……ああ。三年前の今日、だったな」

 照れくさそうに笑うアーロン様をとても愛おしく感じた。三年前から今日まで、アーロン様に対する想いは変わらない。想いが通じて、家族になって、それから家族が一人増えてからは、愛しさがさらに増した。守りたいものが、一つ増えた。

「この三年で色んなことがありました。アーロン様と夫婦になって、『この子』が生まれて……」
「ただ、戦争だけがまだ終わっていない」
「……」

 戦争。世界を二分する争いも、三年前と変わらず続いている。最近は比較的、争いが沈静化して私たちの国にも穏やかな時間が流れているけれど、まるで嵐の前の静けさみたいで少し不気味だ。
 ふと手を握られて、顔を上げる。アーロン様と目が合うと、彼はまたきゅっと手を強く握ってきた。

「アーロン様?」
「おいで」

 導かれるままにアーロン様の腕の中へ収まった。唇には当たり前のようにキスが落とされる。触れるだけのキスはやがて深いものへと変わる。
 角度を変えて何度も、丁寧に、優しく、アーロン様は私にキスをくれた。それなのに、私は何故か不安に襲われてしまって、アーロン様のシャツをぎゅっと掴んだ。

「どうかしたのですか?」
「何がだい?」
「なんだか、今日のアーロン様……」

 言い終わる前に再びキスをされた。まるで、その先の言葉を言わせないように。そのまま、ベッドに優しく押し倒された私の視界には、物悲しげな表情をしたアーロン様しか映らなかった。

 その夜、アーロン様は今までで一番優しく、丁寧に、私を愛した。まるで彼自身を深く刻みつけられているような錯覚に陥るほど、その夜の行為は神聖な儀式のようにさえ感じた。
 アーロン様はずっと私の手を握って、愛してると囁き私の名前を呼んだ。それでも、果てたあとに眠りにつく寸前、瞼を閉じる前に見えたアーロン様の表情は、やっぱりどこか憂いを帯びているようだった。




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