結ばれた愛で永久を誓う


(今日という日のこと、私は生まれ変わっても忘れないんだと思う)



 慣れないヒールを履いてドレスの裾をひっかけそうになりながら、開放された広間を行ったり来たりと忙しく歩く。
 王族や貴族だけではなく、城下の人たちも集まったフランクな舞踏会とはいえ、一応、見習いではあるけど私も波導使いだ。リーン様からも申し付けられた通り、挨拶回りはきちんとこなしておかなければならない。このままだと、しばらくはアーロン様とお話できそうにない。
 この現状に、少しでもホッとしている自分がイヤだ。どんどん先延ばしにしても、余計に気まずくなるだけなのに。
 だって、どんな顔をしてアーロン様に謝ればいいんだろう。何を伝えたらいいんだろう。ずっと言葉を考えているけれど、うまく繋がってくれない。
 ちらり、アーロン様がいらっしゃるほうへと視線を送ってみる。アーロン様も私と同じく挨拶回りの最中だった。今は、とても綺麗な貴族のご令嬢と楽しそうにお話しなさっている。いやだ、な。何だか胸がもやもやする。それに、やっぱりああいう女の人のほうが、アーロン様の隣には似合うな、とも思ってしまう。ダメよ、ね。ジーランスに励まされたばかりなのに。
 そんなことを考えていたから気付かなかったけれど、アーロン様がご令嬢の肩越しに私を見ていることに気付いた。でも、目が合った瞬間、アーロン様は私から目をそらしてしまった。
 今、胸がすごくズキッと痛んだ気がする。もう、アーロン様は私なんかと話したくないのかもしれない。でも、謝ることだけはしなくちゃ。もうあの方の隣に立てなくても、気持ちだけは伝えなきゃ。そうしないと、いつまでも、前に進めないままだ。でも。
 ふと、弦楽器の美しい音色が広間に響いた。そうか、舞踏の時間が始まるんだ。元から舞踏を約束していたのか、この舞踏会で知り合ったのか、周りにいる人たちはみんな次々とペアになっていく。
 どうしよう。やっぱり、踊らなくちゃいけないかしら。具合が悪いふりでもして、舞踏の間は抜け出していようかしら。

「シャイン様」
「あ、貴方は……」
「先ほどはご挨拶に来てくださってありがとうございます」

 確か、名高い将軍のご子息だった気がする。ご自身も騎士として城に尽くしてくださっていて、何度か怪我の治療をさせていただいたこともあった。
 普段は剣を握っているゴツゴツした手が、私の手を取った。私は呆気にとられてぽかんと口を開けてしまった。

「あ、あの」
「シャイン様、もしよろしければ僕と踊ってくださいませんか?」
「え?」
「実は、僕はずっと……」
「失礼」

 突然、第三者の手に手首を掴まれて、私たちの手は離された。私は固まって顔を上げられなかった。だって、聞こえてきた声も、私の手首を掴んでいるのも、アーロン様だから。

「これは、アーロン様」
「すまない。シャインはわたしと踊る約束をしていたんだ」
「!」
「あ、そ、そうでしたか。申し訳ございません。失礼しました」
「すまないね」
「あ、あのっ……!」

 私を舞踏に誘ってくださった方は、足早にそこから立ち去っていった。残された私たちの間には何とも言えない空気が残ってしまっている。すでに曲は始まっていて、周りの人たちは「何故踊らないのか」とでも言うように、時折私たちをチラチラと見ている。
 謝らなくちゃ。謝るなら、今。

「あ、あの、アーロン様……」
「すまなかった」
「え?」
「きみはわたしと踊りたくなかったろう? でも、きみが誘われているのを見て、考えるより先に体が動いてしまっていた。見苦しいな。男の嫉妬なんて」
「!」
「さっき、目が合ったときに話しかけていれば、こんな情けない姿を見せずに済んだのかもしれないな。でも、着飾ったきみが綺麗で、目を合わせられなくて……って、何を言っているんだろうな、わたしは」
「……アーロン様」

 嫉妬、なんて。それに、綺麗、だなんて。そんな、信じられない。私なんか……ううん。そんなことを考えるより先に、まず言うべきことを言わなくちゃ。

「謝るのは私のほうです」
「シャイン?」
「私、本当はアーロン様と一緒に踊りたかったんです。アーロン様の隣で笑っていたかった。でも、城下のかたも集まる華やかな舞踏の場で、平凡で綺麗でもなんでもない私なんかがアーロン様の隣に立っていたら、釣り合わないって思ってしまって……ごめんなさい。そんな自分勝手な理由で、アーロン様を……」
「……本当に、くだらない理由だよ」
「……」

 やっぱり、怒っていらっしゃる。どうしよう、泣いてしまいそうだ。顔を上げられない。
 次はどんな言葉が降ってくるのか。ビクビクしていると、想像に反した行動をとられた私は思わず顔を上げてしまった。アーロン様は私の手を優しくとり、反対の手を私の腰に回してきたのだ。

「アーロン様」
「練習しただろう? 踊ろう。立ったままだと目立つ」
「は、はい……」

 一人でも練習を続けていてよかった。なんとか、アーロン様の足を引っ張らずに済みそうだ。
 右へ左へとゆるやかなステップを踏み、人の中で揺られながらしばらく沈黙。そして、アーロン様のほうから沈黙を破る。

「わたしは、きみが思っているような完璧な男ではないよ。ルカリオから呆れられるほどだらしないときもあるし。それでも、周りはわたしのことを『波導使い』として見ている。だから、いつも気が抜けなかった。いつも強く在らなければならないと、息苦しく感じるときもあった」
「アーロン様……」
「でも、きみといるとき、わたしは自然体になることができた。同じ波導使いだから……ということもあるだろうけど、きみの隣にいると心が安らいで……『波導使いのアーロン』ではなく、ただの『アーロン』になれた気がした。だから、きみに言われたことは少し……いや、だいぶショックだったよ。わたしは特別でもなんでもないって、きみはわかってくれてると思っていたから」
「……ごめんなさい。確かに、私はアーロン様のことを少し遠い存在に感じていました。高名な波導使い様であり、私の師だと……だからこそ、相応しい人が貴方の隣にいるべきだって勝手に思い込んでしまった。でも、アーロン様は甘いものが好きで、お部屋の片付けとお料理が少し苦手で、あと寝顔が可愛らしくて……」
「おいおい。男に可愛いはないだろう?」
「ふふっ。申し訳ありません。でも、アーロン様にそんな面もあることを思い出して、気付いたんです。アーロン様は波導使い様である前に、アーロン様なんだって」
「……シャイン。ありがとう」
「いえ……それで、あの、私、アーロン様に言わなくてはいけないことが……」
「なんだい?」
「あの……私……アーロン様のことが……」
「!」

 好きです、と伝える前に、私はアーロン様に抱きしめられていた。思考がショートして何も考えられない。心臓が千切れそうなくらいうるさく鳴っている。どうしよう、うまく、息が吸えない。

「アーロン、様、私」
「わたしから言わせてくれ」
「え?」
「好きだ。シャイン」

 突然、照明が落とされて辺り一面真っ暗になった。次の瞬間、照明がいらないほどの明るさが夜空に咲いた。周りの人が花火に歓声を上げているけれど、私は花火どころではなかった。だって、暗闇になったあの一瞬に、アーロン様からキスされたから。
 夢みたい。でも、これは夢じゃない。仄暗さの中で花火が上がるたびに、アーロン様の頬が真っ赤になっているのが見えるから。アーロン様の心音が早鐘のようになっているのが聞こえるから。想い合えていたなんて、本当に、夢のようだ。
 さっきとはまた別の意味で泣きそうになりながら、私はようやく震える声で「私も好きです」と、言えたのだった。




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