臆病な恋にサヨウナラ


(自分のことが嫌いなわけではなくて、ただ、あの人の隣に立つのに相応しいと思えないだけ)



 運動神経が鈍いということくらい、二十年以上も生きていれば自覚する。でも、さすがにここまでとは思わなかった。アーロン様の腕にしがみついたまま、私はただ自己嫌悪の嵐に陥った。

「シャイン! 大丈夫か?」
「は、はい。すみませ……っ」
「無理をするな。ほら、また足を捻ってる。見せてごらん」

 アーロン様は私を近くの岩に座らせて、私の足下に跪いた。ブーツの紐を解いて手早くそれを脱がせ、私の足の様子を見る。ジンジン痛みがあったからそうだろうとは思っていたけれど、やっぱり、足首が少しだけ腫れていた。

「酷くならないうちに波導で治してしまおう」
「本当に申し訳ありません。私ばかり足を引っ張って……」
「ダンスは初めてなんだろう? 仕方ないさ」

 腫れた足首に手をかざして波導を流し込みながらアーロン様は微笑んでくださったけど、その優しさで私は余計に落ち込んでしまう。
 今度、オルドラン城にて舞踏会が開催される。それには私も出席しなくてはならなくて、しかも、アーロン様とダンスを踊ることになってしまった。
 そう決まってから、私たちは一日の修行のうち、最後の一時間ほどをダンスの練習にあててきた。アーロン様はご自分もダンスが苦手だと仰っていたけど、失敗ばかりでダメなのは私のほうだった。いつも足が絡んで躓いて、転んだり、足を捻ったりして、アーロン様に迷惑をかけてしまう。

「ほら。治った」
「ありがとう、ございます」
「さあ、続きを練習しよう」

 アーロン様は何の躊躇いもなく、私へと手を伸ばしてくる。私はその手に、緊張して震える手を重ねる。これは練習。舞踏会に出るのだってある意味では仕事のうち。それなのに、一人でドキドキしちゃって、アーロン様にご迷惑ばかりかけて……。
 右、左、前、後ろ。俯きながらぎこちなくステップを踏む私。マリオネットのほうがまだ綺麗に動けると思う。こんなことで、当日はうまく踊れるのかしら。アーロン様の隣で、恥ずかしくないように振る舞えるのかしら。

「そう言えば」
「はい?」
「当日の衣装は決まったかい?」
「衣装、ですか? いえ……」
「出席者には城が貸し出しを行うんだろう? 早めに決めておかないと、いいものはすぐにとられるかもしれないよ」
「は、はい。アーロン様はもう決められたのですか?」
「ああ。一応は。と言っても、男の衣装はそんなに気合いを入れるものでもないし、やっぱりこういうのは女性のほうが華やかだし気合いも入るんじゃないのか? よくわからないけれど」
「……」
「そうだ。一度、当日の衣装を着て練習をしたほうがいいかもしれない。……シャイン?」

 ステップを踏む足を止めた私に疑問を持ったのか、アーロン様もステップを止めた。上から視線を感じる。でも、私は顔を上げられなかった。

「アーロン様……やっぱり、私、踊れません」
「え?」
「アーロン様には、私なんかより相応しいパートナーがいるはずです。私なんかよりずっと綺麗で、踊りも上手い……そんな人が……」

 どんなに素敵なドレスを貸していただいても、私は私。童顔で、子供みたいな体型で、鈍くさい、どこにでもいるような普通の人間。アーロン様は優しくて、格好よくて、人望もある頼れる大人の男性。子供みたいな私と一緒に踊っても、恥をかくだけだ。
 どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。アーロン様から誘っていただいたときは、ただ純粋に嬉しかった。舞踏会という華やかな場所に二人で行ける、それだけで舞い上がってた。
 でも、冷静になって考えてみると、問題だらけのように思えた。ダンスすら満足に踊れない私が、アーロン様の舞踏のパートナーなんてなれるわけがないのだ。

「ですから、アーロン様」
「本当に」
「え?」
「きみは本当にそんなことを心から思っているのか?」

 平静を装ってはいるけれど、アーロン様の声にピンと張り詰めた糸のような緊迫感を感じた。青白い炎のように静かな怒りの波導が、ジワリジワリと伝わってくる。
 ああ、アーロン様は怒ってらっしゃるんだわ。約束を破ろうとしているのだから、当然のことだ。それでも、私は。

「……はい」
「……そうか。わかったよ」

 アーロン様は私の手をそっと離し、足を一歩引いて距離をとった。ぽっかり空いた空間に吹いた風が、なぜかとても冷たく感じる。なんだろう、すごく息苦しい。まるで海の底にいるみたいだ。

「練習なのに変に緊張してしまって、でも、当日が来るのが待ち遠しくて」
「え?」
「楽しみにしていたのはわたしだけだったんだな」
「っ、アーロン様……」

 アーロン様は私に背を向けて足早に去っていった。中途半端に伸ばした右腕は、力なくぶらりと垂れる。
 楽しみにしていたと言ってくださったのは、嘘じゃない。アーロン様の波導を真正面から受け止めていたのだから、それが真か偽かくらいすぐにわかる。
 それでも、これでよかったのだと思う。アーロン様は高名な波導使い。隣には相応しい女性がいなければ。綺麗で、スタイルも頭もよくて、ダンスだって軽々と踊ってしまうような、そんな人が彼の隣にいるべきだ。

「よかったのよ……これで……」

 木にもたれ掛かりながら何度も譫言のように呟いた。まるで自分自身に言い聞かせ、宥めるように。目の奥が熱くなって、喉の奥が苦しくなる。きっと、この痛みが正しい選択の証であり、アーロン様を想う私の答えなのだ。




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