惹かれ合う引力は嘘をつかない


(少しずつ、本当に少しずつ、距離が近付いてきていると感じるのは、きっと自惚れなんかじゃない)



「シャイン」
「はい」

 医務室から自室に向かう途中、オルドラン城を歩いているとリーン様に呼び止められた。自然と背筋が伸びてしまう。リーン様とお話しするのに最初ほどの緊張はなくなったけれど、やっぱり身が引き締まる。

「仕事帰りですか?」
「はい。谷の視察に向かわれた兵やポケモンたちが、戦闘に巻き込まれ傷を負って帰ってきたので、その治癒を」
「そうですか。ご苦労様。今日はゆっくり休んでくださいね」
「ありがとうございます」
「それから、シャインに一つお知らせがあるのですが」
「お知らせ、ですか?」
「ええ。詳しい日程は未定ですが、このオルドラン城で舞踏会の開催を予定しています」
「舞踏会、ですか?」
「そうです。王族や貴族だけではなく、城下にお住まいの方々もご招待するつもりです。一時でも戦争のことを忘れて楽しんでいただけるように」

 私がイメージしている舞踏会は、王族や貴族の方々が絢爛豪華なドレスをまとい、上品な食事を優雅な佇まいで口に運び、夜空のステージの元で男女が艶やかに揺れるものだった。
 でも、今回リーン様が考えていらっしゃる舞踏会はもっとフランクなものみたい。上下関係はなく誰もが気軽に参加できるよう、ドレスやアクセサリーの貸し出しも予定しているらしい。

「素敵ですね。城下のみなさんも喜ばれると思います」
「そうだといいのですが。ああ、もちろんシャインも出席ですよ」
「……ええ!? 私も、ですか?」
「そうです。貴方はまだ自覚がないようですが、波導使いの地位は高いのです。国を背負っている者が出席しないわけにはいかないでしょう? お願いしますね」
「は、はい……」
「衣装はこちらで用意しておきますから、舞踏のパートナーを探しておいてくださいね」
「ぶ、舞踏のパートナー?」
「舞踏会ですからね。一人では踊れないでしょう?」
「そ、それはそうなのですが……」
「よろしくお願いしますね」
「あ……」

 最後にとてつもなく大きな難題を残して、リーン様は去っていった。
 私が舞踏会に参加、なんて。フランクな場とは言われていたけれど、波導使いが、女王の下で働く者が、無様な踊りをするわけにはいかない。

「どうしよう……ダンスなんて……というか……」

 私は誰と踊ればいいのだろう。むしろ、私なんかと踊ってくれる人がいるのだろうか。誰かを誘おうにも、その人の足を引っ張ってしまいそうで、怖い。そもそもダンスなんて習ったことも……っ!

「きゃ」
「っと」
「アーロン様!」
「シャイン」

 もやもやと考えながら歩いていると、前から歩いてきたアーロン様とちょうど角でぶつかってしまった。アーロン様は私が転ばないようにと思ってか、両肩を掴んで引き寄せてくださった。思わず息が詰まって、でも次の瞬間には我に返り慌てて謝罪した。

「申し訳ありません」
「いや、それより大丈夫か? 疲れているんじゃないかい?」
「大丈夫です。少し考えごとをしていたので……」
「そうか? 何か悩みがあるならいつでも言ってくれよ。わたしはきみの師なのだから」
「……ありがとうございます」

 アーロン様は本当にお優しい方だ。でも、どんなにお優しくても、きっとそれは自分の教え子に接するような優しさ。やっぱり、アーロン様にとって私は弟子でしかないのだ。それだけで、とても十分な幸せだと思うべき、なのだ、けど。
 コホン。アーロン様が何故かワザとらしく大げさに咳をした。それから、これは私の勝手な所感だけれど、今日のアーロン様はどこか落ち着きがないように見えた。

「と、ところでシャイン。リーン様から舞踏会の話は聞いたかい?」
「はい。私も出席するようにと」
「そ、そうか」
「アーロン様もご出席されるのですよね?」
「あ、ああ。そ、それならば舞踏会のパートナーは決まっているのかい?」
「? いえ……」

 どうなさったのかしら。アーロン様、なんだか落ち着きがないというか、どこか焦っていらっしゃるというか……。

「あの、アーロン様。どうなさったのですか?」
「……」
「……?」
「……よし!」
「?」
「回りくどいことは苦手だからはっきり言うぞ。シャイン。わたしのパートナーになって一緒に踊ってくれないか?」
「!」

 アーロン様が、私をパートナーに? 冗談、じゃないと思う。アーロン様がこんな冗談を言うような人でないことを、私はよく知っている。
 烏滸がましいとか、不安だとか、そんな思いよりも、ただ嬉しかった。純粋に、本当に嬉しかった。

「シャイン?」
「は、はい! 是非!」
「踊ってくれるのか?」
「はい! よろしくお願いします!」
「そうか……よかった。実は、ダンスは少し自信がないんだ。明日から修行が終わったら二人で練習をしよう」
「はい!」
「よし。決まりだ」

 どこか安心したように笑ってくださるアーロン様を見ると、私はそれだけ胸がいっぱいになって幸せに満たされた気がした。だから、アーロン様がどうして私をパートナーに誘ってくださったのかなんて、考えもしなかったのだ。




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