赤い頬の理由は聞かないで


(貴方と過ごす時間なら、どんなものだって特別なものになる)



 今日は週に一度の修行休みの日。いつもより少しゆっくり起きて、城内の食堂に朝食を食べに行ったあと、私はリオルと一緒に今日の予定を考えていた。

「今日は何をしましょうか。修行の疲れをゆっくりとらないといけないわね」
『リオル、お外をお散歩したいです』
「そうね。私も、お城や城下町を散策してみたいかも……」

 ーーコンコン。扉をノックする音が聞こえてきた。
 はい、と返事をして中から扉を開いた。瞬間、私の体に緊張が駆け巡って、無意識に背筋が伸びた。

「アーロン様! ルカリオも!」
『わぁ。おはようございます』
「おはよう。シャイン。リオル」
『おはようございます』
「お、おはようございます」
「昨晩はゆっくり眠れたかい?」
「は、はい」
「今日の予定は決まってるかな?」
「いえ、実はまだ」
「だったら、一緒においで。ゆっくりした格好でいいから。ほら、リオルも」
「!」

 リオルが私の肩に飛び乗ったことを確認すると、アーロン様は私の手を引いて歩き出した。
 アーロン様は普段よりも身軽な格好をしている。といっても、いつものマントと帽子と杖を身に付けていないだけだけれど。それに、今日はグローブをしていないんだ、と、繋がれた手を見て思う。
 直接触れ合っている。そう思うと、手のひらがじんわり汗ばんできた気がする。男の人とこうして触れ合ったことがあまりないから? それとも、相手が私の師である、アーロン様で緊張しているから? それとも……?
 城門まで来ると、そこを見張っている兵士のみなさんに出会した。アーロン様に掴まれていた手は、自然と放された。

「おはようございます! アーロン様!」
「おはよう」
「おや? 後ろのお嬢さんはどなたですか?」
「わたしの弟子だ」
「ああ! あの噂の!」
「は、初めまして。波導使い見習いのシャインと申します。よろしくお願いします」
「波導使い様が増えたとあれば我が国も心強い。私共もアーロン様やシャイン様のお役に立てるよう頑張らないとな」
「そうだな! アーロン様、今日はお休みですか?」
「ああ。シャインに町を案内しようと思ってね」
「そうですか。せっかくの休みです。ゆっくり過ごされてくださいね」
「ありがとう。シャイン、行こう」
「はい」

 城門を潜って城の外に出る。アーロン様は私に城下町を案内してくださるみたいだ。思えば、森には修行で何度も繰り出していたけれど、城下町に出るのは初めてかもしれない。少なからずドキドキしながら石畳の道を歩いた。
 城下町は私が住んでいた村とは全然違っていて、やっぱり都会だなと思った。煉瓦で造られた家、噴水のある広場、賑やかな出店、綺麗な服を着た人たち。戦場とはかけ離れた平和な景色だ。
 広場で遊んでいた子供たちが、アーロン様へと駆け寄ってきた。

「勇者様だ!」
「ルカリオも!」
「アーロン様! こんにちは!」
「こんにちは。みんな、元気に遊んでるか?」
「はい!」
「アーロン様や兵士様方が国を守ってくださるので、わたしたちは安心して暮らせます。あら? そちらの方は?」

 子供たちの親御さんの視線が私に注目した。アーロン様は私の背を軽く押して前に出させた。

「わたしの弟子で波導使い見習いのシャインだ。先日から共に修行をしている」
「初めまして。シャインと申します。この子はパートナーのリオル。よろしくお願いします」
『お願いします』
「わあ! 可愛いポケモン」
「リオルはね、ルカリオの進化前のポケモンなの」
「シャインさま、リオルと一緒に遊んでもいい?」
「ええ。もちろんよ」
「わーい! ルカリオも一緒に遊ぼう!」
『わたしは……』
「いっておいで、ルカリオ。リオルと子供たちを見ていてあげるんだ」
『は、はい』

 ルカリオとリオルは子供たちと一緒に広場に向かった。ボールを投げ合ってキャッチして遊ぶ姿を見ていると、国の外で戦争が起きているなんて信じられなく思う。あの子たちは知らないままでいて欲しい。この平和の中で、無邪気な笑顔をしたまま生きて欲しい。

「この前、この国の領土である森にも戦争国のポケモンが現れたと聞きました……」

 ボソリと、母親の一人が呟いた。不安は連鎖し、他の人たちもアーロン様を見て声を震わせた。

「この国も戦争に巻き込まれてしまうのでしょうか」
「アーロン様。戦争は本当に終わるのでしょうか……」
「それはまだわからない。明日終わるかもしれないし、一年、十年と続くかもしれない。しかし、わたしたちは決して希望を捨てていない。戦争が終わる日まで、罪のない人たちが戦渦に巻き込まれないようにと、リーン様は国を導いてくださっている。我々も日々修行を重ねて皆を守れる力をつけているつもりだ。だから、皆も希望を捨てないで欲しい」

 人々はいくらか表情を和らげて深く頷いた。この国の人たちは、女王様や兵士のみなさん、そして私たち波導使いのことを信頼してくれている。それに応えられるようにならなければ、と思った。
 子供たちと別れた私たちは、町を出て森へ向かった。アーロン様はいつも修行している場所とは別の方向に向かっているみたいだった。
 しばらく歩くと、岩肌が目立つ開けた場所に出た。その中心に、濁った液体が溜まった池のようなものがある。水面には湯気がゆらゆらと揺れていた。

「ここは、温泉……ですか?」
「ああ。最後にみんなで入って疲れをとろうと思ってね」
「……!?」
「? ……!! ち、違う違う! そういう意味ではなくて!」

 顔を真っ赤にして首を振り否定するアーロン様の姿を見て、少しだけホッとした。さっきみたいに、何でもないように私の手を取ったりするから、女の人に慣れているのかと思ったけど違うみたい。……あら? どうして私、安心しているんだろう。
 未だに顔を赤くしているアーロン様は、ブーツを脱いで木の幹に放った。そして温泉の脇に座ると、裾をめくり上げて足を湯に浸した。

「シャインもおいで。ほら、ルカリオも。気持ちいいぞ」
『いえ、わたしは……』
「遠慮するな。ほら、リオルは足が届かないだろう? 抱えて湯に入れてあげなさい」
『ルカリオさま、お願いします』
『……仕方ない』

 ルカリオが抱き上げるとリオルは嬉しそうに笑った。そのまま温泉の中心までいって肩まで湯に浸かる。遠慮していたみたいだけど、ルカリオも気持ちよさそうに目を細めていた。
 私もアーロン様にならってブーツを脱ぎ、木の幹に揃え、足を湯に浸した。熱すぎないお湯が爪先からじんわりと体中を温めていく。

「わぁ、温かい。気持ちいいですね」
「だろう? これを目当てに、ここにはよく来るんだ」

 得意そうにアーロン様が笑った。いつもは修行の合間に訪れて疲れを癒しているのだろうか。アーロン様お気に入りの秘湯を教えてもらえて、なんだか二人だけの秘密の場所ができたみたいで、嬉しかった。
 ちゃぷちゃぷ。お湯を足でかき混ぜながら、他愛もない話をしていると、アーロン様をより身近に感じられた。アーロン様のことを私は、雲の上にいるようなとても凄い人だと思っていた。……ううん、確かに凄い人なんだけど、少し違う。
 勇者と呼ばれるアーロン様も、笑ったり、照れたり、普通の人と何も変わらないんだって思った。休日にアーロン様から呼ばれて緊張していたけれど、いつの間にかそれも解れてこんなにもリラックスしている自分がいる。

「今日は声をかけてよかったよ」
「え?」
「いや、せっかくの休みの日くらい、師であるわたしから離れて一人になりたいかなとも思ったのだが、シャインやリオルに城下を紹介したかったし、この場所を教えてあげたかったから。迷惑だったかな?」
「いえ! とんでもありません! そんな風に気にかけていただいて本当に嬉しいです。いろんな方とお話しできたし、いろんな場所を知られたし、アーロン様と一緒にこうやってゆっくり過ごせたから……」

 そこまで言って口を噤む。余計なことまで言ってしまったかもしれない。言ったことを自覚してから、頬がどんどん熱くなっていくのがわかる。それは足湯で温まったせいだと思うことにする。
 こんな想いは相応しくない。アーロン様は私の師で、そうでなくても私は修行の身で、こんな浮かれた想いを抱いてはいけないのだから。
 顔が火照っているのは体が温まってきたから。アーロン様の頬が赤く見えるのも、きっとそのせいだ。




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