1-2.ナギサの信号機トリオ


 本日は晴天なり。そんな言葉が似合う、雲ひとつない快晴の日。祝い事をするにはもってこいの青空だ。
 俺は幼馴染みである二人、デンジとレインと共に、顔馴染みのマスターがいる喫茶店にいる。もちろん、俺のブースター、デンジのサンダース、レインのイーブイも一緒だ。
 このマスターとは俺達が子供の頃から縁があり、なにかと三人で集まるときはここに来る。特に今日は、マスターにも聞かせたいビッグニュースがあるのだ。それは。

「デンジ! ジムリーダー合格おめでとう!」
「デンジ君、ジムリーダー合格おめでとう」

 俺とレインの声が重なるのと、三人分のグラスが音をたてたのは同時だった。今はまだ昼だし俺達は未成年なので、もちろん乾杯はソフトドリンクだ。
 デンジは「他の客もいるんだから静かにしろ」と眉を潜めたが、その表情はどこか嬉しそうだった。

「おっ。前から話してたジムリーダー試験に合格したのか?」
「マスター」
「そうなんだよ! ほら! これ合格通知!」
「なんでおまえが見せるんだよ」
「こりゃ、めでたいな! よーし、ちょっと待ってろ」

 そう言って、マスターは店の奥へ、厨房へと消えていった。

「デンジ君。ジムリーダーのお仕事はいつから始まるの?」
「詳しくは決まってないが、半年くらい後になると思う。それまで引き継ぎがあるし、今のジムリーダーから教わることも多いからな」
「そうなのね。ジムリーダーとして初めてバトルするときは教えてね。私、応援に行くから」
「ははっ。そりゃ心強いな。というわけで、オーバ」
「ん?」
「これでニートなのはおまえだけだ」

 ニート。その言葉に少なからずグサッときた、のは本音だ。確かに、デンジはナギサシティのジムリーダーに内定したし、レインは自分が育った孤児院で既に働いている。
 俺はというと、バイトしながらポケモンバトルの腕を磨いたり、ポケモンのことを勉強したり、こうしてデンジやレインとつるんだり……うん、ニートだ。今年二十歳になるというのに、そう言われても仕方がない。

「ううっ。うるせー! 俺だってやりたいことがあるんだ! その夢のために頑張ってんだよー!」
「だから声がでかい。声が」
「オーバ君。オーバ君の夢は私もデンジ君ももちろん知っているわ。そのためにたくさん頑張っていることも。オーバ君が夢を叶えるまで、私達はずっと応援してる。だから、そんな顔しないで?」
「レイン……お前は本当に女神のように優しいな……デンジと大違いだ……」
「飴を与えるばかりじゃなくて鞭打ってもらう相手も必要だろ?」
「おまえらは応援の仕方が極端すぎるんだよ」
「まあ、おまえもシンオウのジムバッジ全部集めてるし、あとはその夢に挑戦するだけだろ?」
「そうなんだけどよ……」

 俺はデンジと違って意外と慎重だし繊細なのだ。そう簡単に言わないでもらいたい。
 俺の夢。きっと、それを叶えるにあと一歩のところまで来ている。でも、まだ足りない、と俺は思っている。もう少し、夢にチャレンジするに必要な実力と自信、勇気が欲しい。
 もちろん、デンジが言うようにチャレンジしてみないことには何も始まらないのだが。

「お待たせしました。こちら、マスターからお祝いです」

 声が降ってきた。聞き心地のいい、落ち着いた声だ。
 その声の持ち主である女性スタッフは、チョコで『Congratulations!』と書かれた、フルーツがたっぷり乗ったデザートプレートをテーブルの真ん中に置いた。レインが小さく歓声を上げて、デンジが軽く頭を下げる。俺は、微笑みを残してテーブルを去るスタッフの後ろ姿を、じっと見ていた。

「なんだ」
「ん?」
「オーバはああいうのがタイプなのか」
「タイプっつーか……美人だなぁと思ってさ」

 ゆるくウェーブした髪をまとめ、メガネをかけていた。化粧っ毛はなく、服は喫茶店指定の制服なのでなんとも言えないが、たぶん、一般的に見たら美人なんだと思う。
 ふーん、とデンジは興味無さそうにプレートに乗っているフルーツをつついていた。おい、おまえが振った話題だぞ。

「あの店員さん、少し前から働いているわよね? 私達より少し年上かしら」
「だよな?そう見えるよな?」
「ああ。確かにオーバは彼女にするなら年上相手のほうが合いそうだ……ほら、レイン。食べるか?」
「え? 私も食べていいの?」
「ん。イチゴ、好きだろ?」
「ありがとう!」

 そして目の前にいる幼馴染み二人はごく自然に、デザートプレートを食べさせ合い始めた。所謂あーんである。これで二人は付き合っていないのだし、そもそもお互いに幼馴染み以上の好意を持っていないのだから驚く話だ。間にいる俺の身にもなってもらいたい。

「彼女、かぁ」

 今まで付き合ったことがないわけでは、ない。そりゃデンジには負けるが、生きてきた年齢相当に恋愛ごとは経験してきた、と思う。ただ、俺自身恋愛よりポケモン! という性格だし、彼女がいなくても、何も気にならなかった。ちなみに、今現在も彼女はいない。
 それに、親友でありライバルであるデンジがジムリーダーになると確定した今、恋愛よりも夢に向かって打ち込みたい気持ちのほうがますます強くなった。

「よし! デンジ! それ食ったらバトルしようぜ! 未来のナギサジムリーダー様のお手並み拝見してやるよ!」
「じゃ、負けたほうが今日の会計おごりな」
「わぁ! デンジ君とオーバ君のバトル、久しぶりに見られるのね。楽しみ!」
「よーし! 燃えてきた! 絶対負けないからな!」

 メロンソーダを一気に飲み干すと、氷がカランと音をたてて崩れた。喉を駆け降りていく炭酸に目が覚めたような刺激を感じると、ますます闘争心が燃え上がるようだった。
 これだから、ポケモンバトルはやめられないのだ。



2019.7.15


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