あの日の空を閉じ込めた


 遠距離恋愛中のオーバとエイルが愛を育む方法というと、もっぱら電話だった。地方を超えた場所に住んでいる二人の間には時差があり、生活リズムも異なる。それに、片やシンオウ地方四天王、片やポケモンミュージカル女優と多忙を極める二人であるため、タイミングが合わない日々が多いのが現状だが、そういうときは欠かさずメッセージを送りあう。
 今日は久しぶりにゆっくりと通話ができる日だ。千秋楽を終えて関係者と打ち上げを済ませたあと、フキヨセシティの実家に戻ってきたエイルは温かい食事とバスタイムを過ごし、自室に戻りスマートフォンを手に取った。
 自分の番号と実家の番号。そしてもう一つ、空で言える恋人の電話番号をタップする。
 呼び出し音がワンコールも続かないまま、電話はすぐにとられた。エイルからの電話を待っていたオーバは、スマートフォンを前にしてそわそわしていたに違いない。その様子を思い浮かべると自然と頬が緩んだ。
 今日の電話を楽しみにしていたのはエイルも同じだ。それに、今日は見せたいものがあったのだ。

「オーバくん、見て!」

 電話が繋がるや否や、エイルは自信たっぷりに髪を掬うようにかき上げた。スピーカーからは『うおおお!?』というオーバの驚いた声が吐き出される。

「ふふふ、今回の髪色どう? 似合う?」
『似合う似合う! っていうか、俺と同じ色じゃねぇか!』
「そうだよ? 夕焼け空みたいな茜色。すごく綺麗だよね。今回はリザードンと一緒の舞台だったから、それでね」
『なるほどな! いやぁ、なんか嬉しいな! へへっ。あ、千秋楽お疲れ!』
「ありがと、オーバくん。ふふ、久しぶりに声が聞けて嬉しい」
『へへっ、俺もだぜ!』

 ポケモンミュージカル女優という職業柄、役が変わるたびにエイルの姿も変わる。歌い方や踊り方、演技の仕方はもちろんのこと、役に合わせた衣装、メイク、髪型に変わるのだ。
 本来エイルの髪はベージュに近いプラチナブロンドだが、役によってはその髪色までも変える。舞台用のウイッグをつけてもいいのだが、自分の髪を使いたいというエイルのこだわりだった。髪の手入れには気を遣わなければならないが、ファンはもちろんオーバのように毎回反応を見せてくれる人がいるのは、エイルの楽しみだった。

『そういえば、目の色は変えないんだな』
「あ、気付いてくれた?」
『ああ。今までいろんな髪色を見てきたけど、目の色はずっと同じで俺が好きな夕暮れ色だ。何か理由でもあるのか?』
「そうだね。役に近付けるためにカラーコンタクトを入れる人もいるけれど、わたしはコンタクトがどうしても合わなくて」
『そっか。演技に集中できなかったらダメだもんな』
「うん。……でも、実はそれ以外にも理由があるんだ」
『え、なんだ?』
「ふふふ。さっき自分で答えを言ってたよ?」
『え!?』

 オーバは記憶を遡って答え合わせをしようと必死になっているようだった。それほどまでに、ごく自然に、特別ではなく当たり前に、言葉にしてくれたのだという事実がエイルの中を幸せで満たす。

 ――俺が好きな夕暮れ色だ。

 見る角度や光の加減、見る人の感覚によって紫とも青ととることができる、エイルのためだけにあしらわれたような色の瞳。それをオーバは、たくさんの可能性があるみたいだと、夢を追いかけていたあの頃に言ってくれたから。
 だから、役を変え、姿かたちや演じ方を変えることはあっても、瞳の色だけは変えない。この瞳の輝きはエイルだけのものだから。

「わたし、オーバくんのそういうところが大好きだよ」
『お? なんだよ突然、照れるじゃねぇか。ま! 俺のほうがエイルのこと好きだけどな!』

 逢えない分の距離と時間を惜しみない愛で埋めて。二人はまた、お互い叶えた夢の中を飛び続けていくのだ。



2022.08.08


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