7-4.光の海を泳いだ先に


 カノコタウンで無事にレインのポケモン図鑑をバージョンアップしてもらって以降、イッシュ地方の旅を本格的にスタートした俺達は、トリプルバトルをしたりジム巡りをしたり新しいポケモンをゲットしたり観光をしたりと、イッシュ地方を満喫しながら順調に旅を進めていた。
 街に着く先々で、俺は無意識にエイルの姿を探してしまったが、約束もしていないのに広いイッシュ地方で出会える可能性はないに等しく、当然、見つけることは出来なかった。

 しかし、イッシュから遠く離れたシンオウとは違い、ここではテレビでポケモンミュージカルのCMが頻繁に流れておりその中にエイルの姿を見かけることがあるし、ポケモンセンターに置いてあるエンタメ雑誌にエイルのインタビューが載っていることがあったので、見つける度にかじりついて読み漁った。
 テレビや雑誌を見る限り、エイルはポケモンミュージカル女優として順調に活動しているようで、最近は他地方へも公演へ行っているらしい。その職業柄様々な役を演じることがあるからか、メディアに登場しているエイルはいろんな髪型や衣装の出で立ちで、俺の知っているエイルとは雰囲気が全く違うこともあったが、俺が好きな夕暮れ色の瞳は変わっていなくて、なんだか嬉しかった。

 エイルが元気にしている。それだけ確認出来たら十分だったはずなのに、人間というものはひとつをクリアしたら次の欲が出てきてしまうのだろう。その姿をこの目で見たい、なんて。

 そのチャンスが訪れたのは、ライモンシティに着いてからだった。ライモンシティはイッシュ地方最大の娯楽都市であり、遊園地やスタジアム、ポケモンバトル施設はもちろん、大きなポケモンミュージカルホールもある。
 客としてポケモンミュージカルを見に行けば、エイルの姿をこの目でそっと見られるかもしれない。舞台の上で輝いている姿に会えるかもしれない。
 そう考えていた俺は、イッシュへの旅が決まってすぐに、ポケモンミュージカルのチケットを取った。時期的に、ちょうどモデルショーとポケモンミュージカルの合同イベントが開催されている期間だったので、取れなくても仕方がないと半ば諦めていたが、チケット当選のメールが来たときは一生分の運を使い果たしたと本気で思ったくらいだ。

 実際は、ライモンシティに着いてミュージカルを見るときになってわかったが、今回のミュージカルはポケモンオンリーの公演だった。エイルの姿はもちろん、エイルのポケモン達の姿すら見当たらなかった。この公演にエイルは関わっていないようだったのだ。
 それでも、ミュージカル自体はもちろん楽しめたし、きっとこの舞台にエイルは立ったことがある。同じ場所にいられたと思うだけで、なんだか嬉しくなった。

 ミュージカルを見たあと、続けてモデルショーのイベントが始まったが、そこで俺は衝撃の事実を知ることになった。ランウェイに登場したイッシュ地方が誇るカリスマモデルであり、ライモンシティジムリーダーでもあるカミツレが、なんとデンジの元カノだったのだ。
 ジムリーダーになりたてのころ、研修でイッシュ地方へ行ったことがあるとデンジは言っていたが、まさかそこで恋人を作っていたとは夢にも思わなかった。本人も、長続きしなかったのでわざわざ報告しなかったんだと話していたが、興奮してしまった俺はついレインの前でその件について深掘りしてしまった。

 それがきっかけだったのかもしれない。カミツレがデンジの元カノだと知った次の日、レインがいなくなってしまったのだ。


 * * *


 息を整える暇すらも惜しいほど、ライモン中を走り回った。レインに電話しても繋がらないため、俺もデンジもこの足で探し回るしかなかったのだ。
 デンジとレインの絆は確かなものだ。誰にも壊せるものではないし、入り込めるものでもない。それに、デンジが今まで付き合ってきた人数が多い部類だということは、レインも承知している事実だ。
 それでも、レインの前で元カノの話を聞き出すなんて、無神経につつき過ぎたことを反省しなければならない。見つかったら真剣に謝ろう。
 だんだん空が夕暮れ色になり、それから濃紺色へと変わってきた。いい加減見つけないと、どんどん見つけにくくなるし、娯楽都市の夜の治安が良いイメージはない。レインにはポケモン達がついているとはいえ、何かあってからでは大変だ。
 その時、スマホが鳴った。レインが折り返してくれたのでは、と期待したが、かけてきたのはデンジだった。

『オーバ。レインはいたか?』
「遊園地の中を探してるんだけど、今のところ見つかってない」
『こっちもだ。ミュージカルホールやビッグスタジアム方面にはいなかった』
「そうか……」
『ポケモンセンターに連絡しても帰ってきていないって言うし、早いとこ見つけないと』
「ああ。俺はもう少し遊園地の中を探してみるぜ!」
『わかった。俺は今からバトルサブウェイ辺りを……あ』
「どうした?」
『レントラーに探してもらえば見つかるかも……』
「おお! そうだ! そうだよレントラーだよ!
というかもっと早く気付けよ!」

 眼光ポケモンと呼ばれているレントラーは、その瞳が金色に輝くとき、ありとあらゆるものを透視することが出来る能力を発揮する。その能力は危険物の発見や獲物の捕食、迷子の発見などにも役に立つのだ。
 レントラーに手伝ってもらえたらきっと見つかるのは時間の問題だろうと思ったが、俺は探す足を止めなかった。レインがいなくなった責任の半分以上はきっと俺にある。だから、何もせずにはいられなかった。
 遊園地の入り口からジェットコースター、観覧車前、ライモンジム方面へと駆け回り、レインの姿を探しているところに、再びスマホが音をたてた。デンジと通話してら三十分くらい経ったところだった。もちろん、かけてきたのは同一人物だ。

「デンジ! レインは見つかったか!?」
『ああ。バトルサブウェイのところに、何故かカミツレと一緒にいた』
「へ?」
『しかも、仲良く一緒にバトルサブウェイに挑戦してたらしい』
「なんだー! とりあえず何もなさそうでよかった! 無神経で悪かったってレインに伝えてくれよ。もちろん、会ったら直接謝るけど」
『ああ。でも、とりあえず今日オレ達はポケモンセンターには帰らないから』
「は?」
『じゃあ、そういうことで。お疲れ』

 ブツリ。特に理由が語られることなく通話は途切れた。
 まあ、だいたいの予想はつく。仲直りのイチャイチャがしたいんだろ、きっと。はいはい、どうぞ好きにしてください。きっと不安に包まれていたであろうレインを、優しく慰めてやってくださいな。
 なにはともあれ、これでひと安心だ。安堵の息を吐きながら、俺は来た道を引き返し始めた。走り回って棒のようになっている足を休めるため、今晩はいつもよりゆっくり風呂に入って早めに寝よう。
 帰り道、イルミネーションに飾られた夜の遊園地を眺めながら歩いた。先日、昼間に三人で訪れたときとは全く違う顔を見せてくれている。園内を流れているBGMも雰囲気があるものだ。客層だって家族連れが多かった昼間よりも、恋人たちの割合が多い。
 ふと、足を止めた。目の前にポケモンミュージカルの看板が建っていたからだ。イッシュでは来月公演予定のものらしく、主演はアンジュ……エイルだ。幽霊となった花嫁の役らしく黒髪で、隣には色違いのフワライドがいる。ああ、俺のフワライドに懐いてくれていたフワンテも、進化したんだな。

「エイル……」

 ああ。逢いたいなぁ。


 
―― どのくらいその看板を見上げていたのだろう。通行人は立ち止まっている俺を避けて通る中、ひとつのヒールの音が俺の横で止まった。その人物も看板を見上げているようで、きっとミュージカルのファンか何かだろうと思いさほど気にせず、俺の視線は看板に注がれたままだった。
 すると、隣から声がクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「まわりが見えないほど熱心に看板を見るなんて、この女優のファン?」
「ああ! 俺はアンジュがデビューする前から……」

 それ以上、言葉は続かなかった。その声を聞いて、まさかと、耳を疑ったんだ。
 ゆっくりと首を横に向ける。四年前は毎日のように見ていた夕暮れ色の瞳が、目の前にあった。

「久しぶり。オーバくん」

 時が止まってしまったかのように立ち尽くす。まわりの音が何も入ってこない。
 幻でも妄想でも何でもない。エイルが、そこにいる。



2019.11.2


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