7-2.君の面影を探しに


 俺が四天王になってから、実に三年もの月日が流れた。

 結論からいうと、想像していた四天王とは少しイメージと違うこともある。シンオウリーグまで辿り着いた挑戦者が、チャンピオンへ挑戦するに値するか計るべく、最後の壁として立ち塞がる四人。それが四天王。一にも二にもポケモンバトルが仕事とばかり思っていたが、実際はそうじゃない。
 挑戦者が来なくて暇だ。来ても手応えのないやつばかりだ。と、デンジがナギサで腐っていることがある。当たり前ではあるが、ジムリーダー以上に四天王はバトルをする機会が少なかった。四天王とはいえ、主な仕事と言えば、ポケモンリーグ運営のためのデスクワークだったり、ミーティングだったり、ポケモンの研究がほとんどだ。
 しかしその中で、四天王同士でバトルをして腕を磨いたり、ここまで辿り着いた挑戦者とバトルをすることは格別に楽しいし燃え上がれるし、四天王になってよかったとやりがいを感じる瞬間でもある。
 他にも、俺のあとにリョウという後輩が入ってきたため、その指導も俺の役目だ。何かと忙しないが、夢を掴んだ俺は充実した毎日を送っていた。

 ある日、先日の挑戦者とのバトルを振り返るために自分のデスクでバトルビデオを見ていると、聞き慣れたヒールの音が近付いてきた。

「オーバ君。ちょっといい?」
「チャンピオン! いやいや、これはサボってる訳じゃなくてバトルの研究を」
「誰もサボってるなんて言ってないでしょ。これ、総務に回ってきたんだけど、見た?」

 ヒラリ、とチャンピオンは俺の目の前に一枚のA4サイズの紙を掲げた。有給休暇取得のためのフォーマットだ。それに書かれていたのは、デンジの名前だった。

「デンジが有休? あいつがサボらず改まって休みを申請するのも珍しい……って半年!? しかもイッシュに修行へ行くためって!?」
「ええ。ちなみに、レインちゃんも連れていくそうよ。マキシさんから聞いたわ。じっくり他の地方を旅するのは彼女にとってもいい経験に……」

 チャンピオンの言葉が途中から聞こえなくなるほど、俺の脳内はイッシュ地方という単語で埋め尽くされていった。
 イッシュ地方。それは、俺が四年前に付き合っていた恋人が、エイルが、夢を叶えるために帰っていった彼女の故郷だ。そのイッシュ地方へ、デンジが修行の旅に向かうなんて。こうすると決めたら、意外とフットワークが軽いんだよな、デンジのやつ。
 その話を聞いたとき、純粋に俺もイッシュ地方へ行ってみたいと思った。行ったことのない地方での冒険やポケモンとの出逢いは、俺自身の成長にも繋がる。
 でも、それ以上に、エイルがどんな場所で頑張っているのか、夢を叶えたのか、見てみたいと思ったんだ。
 こんな気持ちになるなんて、四年経った今でもエイルは俺にとって特別な存在で、未練が残っていない、と言ったら嘘になってしまうんだろうな。新しく彼女を作ろうと思っても誰も魅力的に思えないし、女の子を紹介されてもうまくいかないのは、きっとそのせいだ。
 俺の心の奥底には、まだエイルがいるから。

「チャンピオン!」
「うん?」
「俺もイッシュに行ってみたい!」
「はぁ?」
「このとーり! ただデンジ達について行くだけじゃなくて、ジム戦したり現地のポケモンをゲットしたり、四天王として成長して帰ってくるからさ!」
「……まあ、きみは四天王になってから今まで無遅刻無欠席だし、勤務態度も真面目だし、有休を取るなら誰も咎める人はいないと思うけど」

 チャンピオンのシルバーグレイの瞳が俺をジッと見つめる。何かを探るように。真意を確かめるように。逸らしてはいけないと思い、負けじとその目を見続けた。
 エイルに会えるとは思わない。だって、ポケモンミュージカル女優としてデビューしてから三年経ったエイルは、きっと多忙を極めている。それに、きっと俺のことは元カレとして良い思い出をくれた過去の存在となっているだろう。
 それでも、いいんだ。エイルが頑張っている場所に行って、その足跡を少しだけでも感じることが出来るのなら。
 どのくらい見つめあって……というより、睨みあっていたのだろう。ふ、とチャンピオンは表情を緩めた。

「いいわ。きみもいってらっしゃい」
「よっしゃ! ありがとうございます!」
「その代わり、ちゃーんとレポートを書くのよ。そして、久々に挑戦者の立場に立って、イッシュリーグにでも挑戦してらっしゃい」
「そりゃもちろん!」

 そういえば、イッシュ地方の四天王の一人として、元シンオウ地方フロンティアブレーンのカトレアが就任していたな。どういう経緯でそうなったのか気になるし、打倒カトレアを目指してみるのも良いかもしれない。
 四天王という仕事を休んで旅をするのだから、ただ昔の女の影を探すためだけの旅にするのではなく、自分自身が一回りも二回りも成長できるような、そんな旅にしよう。

 この会話から一ヶ月後。俺とデンジとレインは、四年前にエイルが乗っていたイッシュ地方行きの飛行機に乗り、シンオウ地方を発つのだった。



2019.10.30


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