6-7.翼を持つ者


 今回の役は森の湖畔にポケモンと一緒に住む女神の役だ。女神ということで衣装も役相応の青みがかった白のフォーマルなドレスだし、女神らしさを出すために髪はストレートパーマをかけた上でエクステをつけて伸ばしに伸ばした状態だ。こういう役も、衣装も初めてだから、何度も稽古とリハーサルを重ねたとはいえ、どうしても緊張してしまう。
 緊張をなんとか和らげようと、お守りがわりに持ち歩いている雑誌を読んでいると、ノック音が聞こえてきて顔をあげる。

「はーい」
「こんにちは」
「カミツレさん! 見に来てくれたのね」
「さん付けしないでって言ったのに。同じ事務所でデビューはわたしが早いけど、年はわたしが少し下なんだから」
「あ、そうだった」
「アタシもいるよ!」
「フウロ!」

 フウロはカミツレの後ろからひょっこりと顔を出した。わたしの幼馴染みであり親友でもあるフウロと、わたしと同じ所属事務所の先輩で良き相談相手でもあるカミツレは、歳の近いジムリーダー同士仲がよく、必然的にわたし達は三人で過ごすことが多くなった。
 最近よく三人で食事に行くし、二人はわたしの舞台を見に来てくれたり、わたしとフウロでカミツレのファッションショーを見に行ったり、わたしとカミツレでフウロの飛行機に乗せてもらったりもするのだ。

「ヴァンさんたちはもう席についてるよ」
「え? まだ開演まで時間があるのに、早いね?」
「だって、初めてエイル達が主演する舞台じゃない! そりゃあ張り切っちゃうよね」
「フウロちゃんまで張り切ってどうするの」
「えへへ」

 そう。今日のミュージカルは、デビューして初めて、わたしとイーブイが主演を務めるものだ。主演を決めるオーディションに合格したときは、本当に夢じゃないのかと錯覚したほどだった。
 幼い頃に憧れた、ライモンシティのあのミュージカルホールの真ん中に、わたし達は立つのだ。

「じゃあ、わたし達は関係者席から見てるわね」
「頑張ってね!」
「うん! ありがとう!」
「あ! アタシ、パンフレット買ってなかった! 売り切れる前に買わなきゃ! 行きましょう!」
「フウロちゃん、ちょっと、引っ張らないで」

 嵐のような来客は、慌ただしく控え室を去っていった。思わずクスリと笑う。お陰で、緊張が解れて良かったかもしれない。

「そろそろ行きましょうか」
「ブイブイッ!」
「あ……そっか。これは外さなきゃね」

 イーブイに指され、首に手を当てた。天使の翼のモチーフがついた黒いチョーカー。オーバくんからもらった大切なものだけれど、さすがに衣装のときは外さないとね。

「……いってきます」

 シンオウ地方四天王の特集が組まれた雑誌。熱いほのおの四天王のインタビューページを閉じて、わたしは夢の舞台へと向かった。



2019.10.24


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