6-4.この手に掴んだ夢
バトルフィールドの中心で、ブースターとエーフィが激しく衝突し合っている。両者一歩も引かない攻防戦の末、ブースターが放ったオーバーヒートと、エーフィが放ったサイコキネシスがぶつかり合った。
ブースター自身の全てのパワーを使った灼熱の炎が、サイコキネシスを押し切り、エーフィを飲み込んだ。技が消えたとき、倒れていたのはもちろん、エーフィだった。
勝った。俺は、四天王の一人に勝ったんだ。
「よっしゃ! よくやったなブースター! 四天王撃破だ!」
オーバーヒートは自身のフルパワーで相手を攻撃する技で、反動としてその後の攻撃の威力が下がる。一か八かの賭けだったが、これで倒せなかったら危ないところだった。
でも、どんな形であれ勝ちは勝ち。俺は力を使い果たして動けないブースターを抱き上げて、思いきり抱き締めた。
対戦相手であったエーフィは、トレーナーのボールに吸い込まれていった。四天王の一人――ゴヨウ。エスパータイプのエイスパートであり、現四天王で一番の若手であったゴヨウが、俺の実技試験相手だった。
「試験ということを忘れて思わず熱くなってしまいましたよ」
「へへっ! そりゃどーも!」
「まあ……勝敗が合否に影響する割合は僅かなのですが」
そう。俺達はシンオウリーグに挑戦しているわけではない。新しく四天王を決めるための試験に挑戦しているのであり、勝敗以上にバトルの運び方や技の選び方、ポケモンとの繋がりを見られる。大切なのは中身、というわけだ。
バトルフィールドの外に設けられた観覧席には、黒いスーツを着たポケモンリーグのお偉いさんと思われる人達がずらりと並んで腰を下ろしている。それぞれパソコンを持っているようだが、聞こえてくる会話の内容からおそらく履歴書や筆記、論文、先ほどのバトルの映像が映し出されているのだと思う。
それを見ながら本人の目の前で話し合っているのだから心臓に悪い。俺の前に試験を受けてきたやつらは、こんな雰囲気で合否を言い渡されてきたのか、と思うとゾクリとする。
「ほのおタイプをエキスパートとしているトレーナーはシンオウにはいなかったな」「勢いはあるが火力に任せる面が目立つ」「苦手技の対策はなかなかだった」「ここまでの合格者は彼が最後か?」「納得がいかなければミオジムリーダーを四天王へランクあげするか……」
聞こえてくる話し声に冷や汗が伝う。これは、ちょっとまずい展開じゃないのか?
しかし、ここで俺が何かを叫んだところで何も変わらない。一般企業の面接のように、最後に自己PRをする場などない。ポケモンバトルこそが最大の自己PRであり、これがダメだと判断されたらそれ以上足掻いても仕方がないのだ。
でも、ここまで来たのに。
唇を噛み締めて、拳をきつく握りしめた。俺達の血が滲むほどの努力はここまでだっていうのかよ……!
「あら。あたしはいいと思いますよ」
高くもなく低くもない、落ち着いた女性の声がバトルフィールドに響いた。弾かれたように顔を上げた先には、想い描いていた通りの人物がいた。
シンオウリーグチャンピオン――シロナ。世界初の女性ポケモンチャンピオンであり、その美貌とポケモンバトルの強さから、他の地方でも知らない者はいないとされているほどの実力者だ。
俺はポケモンチャンピオンになることを目的としていない。あくまでも四天王になりたくて今まで頑張ってきた。それは、チャンピオンという自分よりもさらに上の存在がいるということを意識し続けることによって、常に自分の向上心を見失わないようにするためだ。
でも、それでもやはり、チャンピオンが目の前にいるという事実は俺の心を震わせ、熱くさせた。ポケモントレーナーにとってチャンピオンは誰もが憧れる存在なのだ。
そんな人物が、ヒールを鳴らしながら俺とゴヨウに近付いてきている。いくら俺でも、自然と背筋が伸びてしまう。
「ゴヨウ君もいい勝負だったわよ。お疲れ様」
「シロナさんも見ていたんですか」
「ええ。別室のモニターで一人目からずーっと見ていたわ。確かに、これまであまりパッとするトレーナーはいなかったけれど……なんというのかしら。トレーナーがトレーナーやポケモンに惹かれるのって、理屈じゃないのよね。少なくともあたしは、彼らから熱い意志を感じたわ」
そう言って俺を見て微笑み、次いで審査員の方を見ると。
「他の試験は合格点を出しているのでしょう? だったら、あたしは彼と共にシンオウリーグで戦いたいわ」
「わたしも賛成よ」
その声を聞いたのも、久しぶりだった。しょうぶどころで戦って以来だ。
「キクノさん!?」
「久しぶりね。オーバくん」
「おや。お知り合いでしたか」
「ええ。少しね。少し見ないうちに、ずいぶん男前が上がったこと……見た目だけじゃなくて、中身もね」
はは……なんだかとんでもない絵面だな。四天王の四人中二人が揃い、さらにはチャンピオンまでも同じ空間にいるなんて。強者としてのオーラとでも言えばいいのか、そういったものがビリビリと伝わってくるようだ。
審査員の一人が立ち上がった。頭に白いものが混じり、顔にはシワが刻まれている。だいぶ年配のようだし、おそらく幹部の一人なのだろう。手に持っている書類と俺を見比べながら、ふむ、と、顎にてを当てて、笑った。
「筆記試験、論文、面接は合格点を遥かに上回っている。くわえて、四天王の一人であるゴヨウ君を完全に撃破し、長年四天王を勤めるキクノさんと、チャンピオンのシロナ譲が推すのであれば、それを我々が退ける理由もないだろう」
「え……? と、いうことは……?」
「オーバ君。シンオウ地方の四天王の一人として、シンオウリーグは君を迎え入れよう。合格だ」
「……四天王……俺が……?」
目の前でチャンピオンが手をヒラヒラと振っている気がするが、何も考えられない。思考回路がショートしている。頭の中が真っ白だ。いつもであれば、これはバトルに負けて燃え尽きた状態の俺だ。
しかし今回は、その逆で。
チャンピオンは笑って、目の前で振っていた手を俺の前に差し出してきた。その手を握り返すと、死ぬわけでもないのにまるで走馬灯のように、今までの出来事が次々に浮かんできた。
四天王を目指したいという夢を持った少年時代。初めてジムバッジを手にしたときの感動。デンジとタッグを組み密猟者と戦って、初めて体験した敗北。
オーバーヒートという技が自分の名前に似ているからという理由から、ほのお使いになることを決めたっけ。まさかその技で、この結果にたどり着くとは思わなかった。
出逢ったたくさんの仲間と友人、ライバル達。彼らや家族に励まされ支えられながら、必死に夢を目指してきた。
そんな中で出逢った、幼い頃から独りで夢を追いかけ続けてきた女性。同じ境遇だった俺と彼女は惹かれあって、でもだからこそ、夢のために別れの道を選んだ。
――エイル。俺、この手に掴んだぞ。
手のひらに伝わる温度からようやく実感が込み上げてきて、俺は深く頭を下げた。
2019.10.22