6-3.ハートに火をつけて
冬の始まりに旅に出て、季節は春、夏と目まぐるしく過ぎていき、秋に差し掛かろうとしていた。
もうすぐ、旅立って、そしてエイルと別れてから一年が経つ。
この期間、俺は変われただろうか? 強くなれただろうか?
きっと、答えを知るのはもう少し先になるのだろう。
世間ではまだ暑さが残るというのに、キッサキシティはそんなことお構いなしに吹雪いているし、寒い。しばらく洞窟に籠っていたが、ポケモン達を回復させるために、久しぶりにポケモンセンターへと足を運んだ。
自販機であたたかいカフェオレを購入し、ロビーのソファーに座り込んで蓋を開ける。カフェオレが喉を通り胃におさまると、体の内側からじわじわとあたたまっていく。
「はー。あったけー。生き返るなぁ」
「ガルッ!」
「ブースターも飲むか? 体があたたまるぞ」
「ガルルッ!」
「なんだなんだ!?」
ブースターに裾を引っ張られるので、仕方なく立ち上がり、その後をついていく。ブースターは掲示板の前で立ち止まり、鳴き声を上げた。
掲示板には、雪まつり開催のお知らせだとか、ポケモンジムの臨時休業日のお知らせだとかが貼ってあったが、その中でひときわ目立つポスターを見て、俺は目を見開いた。
「四天王の募集! とうとう始まったのか……!」
それは、シンオウリーグの新しい四天王を募集するPRと、募集要項が載っているポスターだった。
その時、ボディバッグの中でスマホが鳴った。雪山ではずっと圏外で時計代わりとしか機能していなかったから、その電子音を聞いたのは久々だった。
画面を見ると、数ヵ月ぶりに見た名前が表示されていた。通話マークをスライドさせると、まるで寝起きのような顔をしているデンジが映し出された。
「よう! デンジ!」
『なんだ。元気そうだな』
「元気もなにも! 四天王の募集がとうとう始まったみたいじゃねぇか! そりゃ興奮するだろ」
『知ってたか。なら、わざわざかける必要なかったな』
「……なんか、おまえどうかしたか? 声、暗くないか?」
『いつものことだろ』
「ならいいんだけどよ……」
覇気のない表情と無気力な声はデンジのデフォルトではあるのだが、それに加え、表情にも声にも、どこか影が落とされている気がした。
追求しようとしたら『レインも話したいらしい』と言われ、画面からデンジが消えてもう一人の幼馴染みが映し出された。背景は同じくナギサジムだが、なんというか、相変わらずいつも一緒にいるなと思って、変わらない二人にホッとした。
『オーバ君!』
「よう! レインも久しぶりだな!」
『ええ。本当に。元気そうで良かった』
「ああ! レインも元気そうだな! そっちは相変わらずか?」
『そう……ね……?』
「ん? なんだよ、歯切れ悪いな。何かあったのか?」
『……そうね。なにもない、というと嘘になるかも』
「どういうことだ? デンジの声が暗い気がしたけど、何か関係あるのか?」
『ええ……でも、これは私が言っていいことかはわからないから……』
「そうか……」
やはり、デンジに何かあったらしい。それをデンジの口から聞ければいいのだが、あの様子では追求したところでその口から語られることはないだろう。本人に言う気がないというのに、他人から言われたとなると、確かにいい気はしないかもしれないので、レインに言及することはやめておいた。
『オーバ君、あの、私の話も聞いてくれる?』
「ん? どうしたどうした?」
レインが俺に話とは珍しい。だいたい、レインが相談事をしたり頼ったりするのはデンジだから。
もじもじと話しにくそうな様子を見せながらも、レインは囁くような声色で言葉を紡いだ。
『私もいつか旅に出ようと考えてるの』
「おお! なんだ旅か! 旅はいいぞー! 新しい景色に新しい出逢い……って!? レインが!? 旅に!?」
『こ、声をおさえて……! デンジ君に聞こえちゃう……!』
「あ、悪い悪い」
慌てて口元をおさえた。レインの言ってることが本気なら、確かにデンジに聞かれたらまずいことだ。あいつはレインに対して、超がつく過保護だ。可愛い子には旅をさせよという諺があるが、デンジにとってはとんでもない話だろう。
旅なんてダメだ。許さない。オレの隣にいろ。と、相談する前に却下されるのが目に見えている。
「でも、旅に出てなにをするんだ? ポケモントレーナーにでもなるのか?」
『ええ。旅に出るならポケモンバトルは出来なきゃいけないと思うから、いずれイーブイを鍛え始めるつもり。私が旅に出たいのは、私の記憶を探したいからなの』
「記憶……」
そうだ。レインは幼い頃、ナギサに漂流した以前の記憶がないのだ。
もし俺がレインの立場だとして、例え現状に不満がないとしても、自分自身の幼い頃の想い出や、本当の家族との記憶がないのはやっぱり寂しいし、それを知りたいと願うだろう。
だから、レインが自分自身のことを、記憶を探したいと思うのは、何も不自然なことではないのだ。
『今までは孤児院に育ててもらった恩返しがしたくてそこで働いていたけど、やっぱり、どうしても自分のことを知りたくて……』
「そっか。レインがそう覚悟してるなら俺は応援するぜ! すぐに発つつもりなのか?」
『ううん。もう少しお金をためて、イーブイがある程度戦えるようになってから……かしら。ナギサの海にランターンが住んでいるでしょう? あの子にこっそりバトルを教わろうと思っているの』
「そっか! じゃあ、俺がナギサに戻る方が早いかもな。戻ったらいくらでも相談に乗るし、なんならバトルの練習にも付き合うからな! デンジには言いにくいだろうから」
『ありがとう。オーバ君』
「でも、いずれデンジにも言わないといけないことだからな?」
『……ええ』
デンジのことを出すとレインの表情が暗くなるのは、話したら否定されることを理解しているからだろう。
レインはきっと、デンジに拒否されたら行けないだろう。嫌われると思ったら、傍を離れられないだろう。
命を救われて以来、レインにとってデンジは、神様以上の絶対的な存在なのだから。それは信愛を通り越した、信仰にも似た盲目的な感情なのだ。
『忙しいのに話を聞いてくれてありがとう。四天王試験、もうすぐ始まるんでしょう? 頑張ってね! 応援してるわ!』
「おお! 宣言通り四天王になって帰ってくるからな! 祝いの準備よろしく頼むぜ!」
『ええ……あ、デンジ君』
『いつまでレインと話してるんだよ。切るぞ』
「あ、デンジ!」
『なんだよ』
レインの隣に並ぶと余計に目立つ、覇気のない表情と、生気のない眼差し。まったく、男前が台無しだぞ。
『俺は絶対に四天王になって帰るからな! そのときはまたバトルしようぜ! この旅で成長した俺達を見せてやる!』
「……そうかよ。じゃあ、少し期待しといてやるか」
『おお! じゃあまたな!』
通話を切る直前、デンジが微かに笑った気がして、少しだけホッとした。
何か悩みでもあるのだろうか。ジムリーダーとして何か躓いているのだろうか。ジムリーダーに就任してからデンジも一年近く経つし、スランプに陥る時期なのかもしれない。
レインもレインで、自分なりに考えて今とは別の道に進もうとしている。レインはおっとりしているようで、意外と意志が強く頑固なところがある。きっと、何を言われても決意は変わらないのだろうけど、デンジがあんな状態なのもあり、あと一歩が踏み出せずにいるのだろう。
足元でブースターが鳴いた。そうだな。まったく、世話が焼ける幼馴染み達を持ったもんだ。
「ああ! あいつらに何かあったのなら、火を点けるのが俺達だよな! そのためにも、今回の試験、絶対に合格してやろうぜ!」
俺が燃え尽きていたときはデンジが充電してくれた。俺が落ち込んだときはレインが優しく潤してくれた。そうやって、ずっと三人で今まで成長してきたのだ。
今回だって同じだ。俺が四天王になることで二人に火を点けてやる。俺自身が燃え盛る炎となるために、残り数ヵ月間、ラストスパートをかけてやる。
憧れに手が届くまで、あともう少しなのだ。
2019.10.22