6-2.旅立ちの朝


 酒は飲んでも飲まれるな、という言葉があるが、酒に飲まれるというのはこんな状態をいうのだろう。
 世界が回っている。頭が割れそうだ。吐きたいようで、でも吐けないこの感覚が気持ち悪い。

「あー……グロッキーだぜ……」
「そりゃ、あれだけ飲んで泣いてたらそうなるだろ」
「オーバ君、こんな状態で出発して大丈夫?」
「……ああ。今日出発するって決めてたからな」

 パチン! と、両手で頬を叩いた。気合い入れていかないとな。いつまでもずるずる引きずるのはらしくないし、エイルにも顔向け出来ないってもんだ。

「二人とも、朝まで付き合ってくれてありがとうな!」
「どういたしまして」
「……レインも一緒に一晩飲んでたわりにはスッキリした顔してるよなぁ」
「そうね。こんなに長くお酒を飲んでたのは初めてだけど、全然気持ち悪くなったりしないというか……なんだか楽しかった!」
「お、おお。意外と大物だなレインは」
「レインはあれだな、ワクだよな」
「そういうおまえは相変わらずだな。顔色悪いぞ」
「これから帰って寝る」
「おー。そうしてくれ。マスターにも……」
「オーバ!」

 よろしく伝えてくれ、と俺と同じ顔色をしているデンジに言おうとしたところで、本人が登場した。まだクローズした店の片付けの途中だったのだろうか。制服のまま、胸元が多少緩められている。

「マスター! ちょうどよかった。朝までこんな客を置いててくれてありがとうって、伝え損ねてたからさ」
「気にするな。また四天王になったら飲みに来い」
「もちろん! マスターも見送りに来てくれたのか?」
「それもあるが、これをどうするかと思ってな」

 マスターが差し出したのはウォークマンだった。誰のものか、なんて言われなくてもわかる。
 ドライブ中にスピーカーに接続して大音量で流したり、イヤホンを二人で半分こして部屋でくっつきながら聴いたりした。
 エイルとの想い出がつまった、ウォークマンだ。

「エイルのロッカーを確認したら中に入ってたんだよ。休憩中によく聴いてたから、間違いなく本人のだと思うんだが」
「あー。忘れて行くなんてそそっかしいなー……これ、俺が持っててもいいかな?」
「郵送しようにも住所がわからないからな。そうしてくれ」
「分かった」

 マスターからウォークマンを受け取り、いつもの半袖の上にジャケットを羽織った。旅に出るのだから、さすがにサンダルというわけにもいかない。家を出るときに靴はすでにはきかえてきた。ポケモン達の体力はもちろん満タンだ。
 あとは小さなボディバッグに財布とスマホと、エイルのウォークマンを入れただけ。ポケモントレーナーならば、トレーナーズカードさえあればなんとかやっていける世の中だ。このくらい身軽なほうがちょうどいい。

「じゃあな! 一年後には四天王になってナギサに帰ってくるぜ!」
「いってらっしゃい! 気を付けて!」
「遭難するなよ」
「……ははっ! ガキじゃないんだから大丈夫だっての!」

 悪態には悪態を返し、笑いながら手を振った。そういや、エイルにも同じことを言われたな。
 道には迷うこともあるかもしれないけど、この決意と夢は迷わない。絶対に、四天王になってこの街に帰ってくるんだ。

「さあ、行くか相棒達!」

 エイルのウォークマンを借りて、音楽でも聴きながら最初の目的地を目指そう。旅はまだ始まったばかりだ。



2019.10.22


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