6-1.空と風と翼と


 風が花を集める街、フキヨセシティ。街の半分以上を滑走路と畑が占めており、採れた野菜や果物を貨物機で国内外に運んでいる、田舎街。
 そして、わたしの故郷でもある街。

「久しぶりに帰ってきたけど、変わらないなぁ」
「エイル!」

 空港に降り立ったわたしを出迎えてくれた声の持ち主を見て、思わず表情が固くなってしまったのが自分でもわかった。
 赤い髪に青い瞳は、まるで空と太陽を思い起こす色。長い髪はプロペラのような髪留めでまとめられている。水色の飛行服やゴツめのグローブ、ブーツが彼女の職を一目で知らしめる。
 ……フウロ。わたしの幼馴染みであり、フキヨセシティが誇る若きパイロットであり、ひこうタイプのポケモン使い。
 わたしの憧れ、そのもの。

「突然いなくなって心配したんだから!」

 勢いよく抱きついてきたフウロにどう答えていいかわからず、視線を落とした。
 わたしとフウロは幼い頃から夢を持っていた。わたしはポケモンと舞台に立つという夢。フウロはポケモンと共に大空を飛び回るという夢。幼い頃からずっとそれぞれ努力してきたけれど、先に夢を叶えたのはフウロだった。
 フウロはパイロットとなり、ポケモンと共に大空を飛び回った。夢を叶えた眩しい彼女を見ることが辛くて、わたしはイッシュ地方を離れた。
 そんなわたしが、まだフウロの友達を名乗っていいのだろうか? わたしは彼女の成功を心から喜んであげられなかったのに。

「フウロ、わたし……」
「言わなくていいよ。シエルさんに聞いたから」

 シエル。わたしの、お母さん。
 お母さんには唯一、なんでも相談してた。応援をしてくれていたかはわからないけど、いつもわたしの話を聞いてくれて、助言してくれたっけ。

「アタシこそ、エイルがこんなに思い悩んでたことに気付かないでごめんなさい」
「そんな! フウロが謝る必要なんて少しもないんだよ!」

 勢いよく首を振ると、笑い声が聞こえた。その時、再会して初めてフウロの視線を正面から受け止めた。
 真昼の蒼穹の色と、夕暮れと夜明けの空の色を持つわたし達は、その瞳の色のように似ているようで正反対なところもある。でも、やっぱり、わたしにとってフウロは憧れであり……大切な友達だ。

「アタシはエイルが帰ってきてくれて嬉しい!」
「フウロ……ありがとう」
「いろいろ話したいことはあるけど、まずはご両親に顔を見せなきゃ! ヴァンさんがお迎えに来ていましたよ!」

 ヴァン。それは、わたしのお父さんの名前だ。

 まだ仕事があるからと空港に残ったフウロと別れ、キャリーケースを受け取ったわたしは、フウロが言っていた通りの人物とロビーで再会した。
 わたしの、お父さん。わたしが一番認めて欲しかった人。一番、夢を応援して欲しかった人。

「おかえり」
「……ただいま。お父さん」
「だいぶ雰囲気が変わったな」
「そ、そうかな?」
「荷物。貸しなさい」
「あ、ありがと」

 オーバ君の好みになりたくて、彼と出逢ってからはポケモンだけじゃなく自分自身のお洒落も頑張っていたけれど、家に帰るから今日はわりと控えめの服装にしたつもりだった。でも、親の目は誤魔化されないらしい。また厳しい言葉をかけられると思ったけど、特にお咎めをもらうことなく、わたしはお父さんの車に乗り込んだ。
 BGMも何もない車の中。お父さんはもちろん何も言ってこない。せめてお母さんもここにいてくれたらよかったのに。車の揺れもあって、緊張で吐きそうだ。
 でも、言わなきゃ。何のためにわたしは帰ってきたのか、わたしの言葉で伝えなきゃ。

「電話で話した通りだよ。わたし、イッシュの芸能事務所にスカウトされたの。そこで下積みを頑張って……本当に、死ぬ気で頑張って、絶対にデビューしたい。ポケモン達と舞台に立ちたいの。だから……」
「……そうか」

 返ってきた声色にビックリした。今まで聞いたことのないような、とても穏やかな声だったから。

「お父さんがエイルくらいの頃にも、夢があったんだ。ポケモン博士になりたいっていう夢がね。何度も試験を受けたが、結局ダメで研究員に落ち着いた……もちろん研究員だって並みの努力ではなれない素晴らしい職だし、そのお陰でお母さんに出逢えてお前を授かったんだから後悔はない。ただ、当時は辛かったよ。夢を叶えられなかったんだからね」
「お父さん……」
「エイルにはそんな辛い思いをして欲しくない。幸せになって欲しい。そう思って今までやってきたのに……エイルのことを縛る結果になってしまった。エイルは自分自身の力で夢を掴もうとしているんだな」

 初めて聞いた、お父さんの過去。お父さんの夢。お父さんの想い。
 お父さんはわたしのことを、良く思っていないと思ってた。だから、何に対しても厳しくて、辛く当たってくるのだと思っていた。
 でも、本当はそうではなくて、寧ろその逆で。

「エイルの名前は異国の言葉で『翼』という意味なんだ。そしてお父さんはヴァン……『風』。お母さんはシエル……『空』という意味なんだよ」
「空に風に翼……」
「そう。空を流れる風にのる翼を持つもののように、自由にどこまでも進んでほしい。そんな願いを込めてエイルの名前をつけたことを、お父さんは忘れていたな」
「……お父さん」
「それに、お母さんがエイルの初めてのポケモンにイーブイを選んだ理由を知っているか? イーブイはいくつもの進化の可能性を持つポケモンだ。同じように、エイルの道はひとつではない、ということを教えたかったと話していたよ」
「……お母さん」

 お父さんもお母さんも、わたしの幸せを考えて、そして、愛してくれていた。だって二人はわたしの親であり、わたしは二人の子なのだから。
 認めるとか認められるとか、そんな話じゃない。そんな当たり前のことに、ようやく気付けたよ。

「お父さん達がそんなことを考えててくれたなんて、嬉しいよ……確かに、お父さんの言うとおりにしていたら、傷付かず、辛い思いをせず、幸せになれたかもしれない。でも、わたしもお父さんみたいに、自分で選択して、悩んで、納得したいんだ。そうしたら、どんな結末になっても悔いはないって思えるし、自分の人生にも責任を持てると思うから」

 後悔しないようにしたいから、と。そう話していたオーバ君の横顔が浮かんでくる。行動して残る後悔より、行動せずに残る後悔の方が、きっと、ずっと苦しい。
 だからわたしは、自分が選んだ道を胸を張って進みたいんだ。
 微かに笑い声が聞こえた気がして、思わず目を見開いた。気のせいじゃなかった。お父さんが笑ってる。お父さんの笑顔なんて、何年ぶりに見たんだろう。

「本当に、いつの間にか大人になってしまっていたんだな。幼い頃はフウロと飛行機の翼の上に乗って遊ぶお転婆だったのに」
「そ! そういうこと思い出さなくていいから!」
「ははっ。さあ、もうすぐ家に着く。お母さんの手料理でも食べて、今日はゆっくり寝なさい。エイルが好きなチーズケーキも作っていたぞ。夢のために頑張るのはまた明日からだ」
「……うん!」

 大きな手で頭をポンポンと撫でられて、目頭が熱くなったけど、気付かれないように窓の外を向いた。
 イッシュの空は今日も青く、広い。この空の下で、明日から頑張っていこう。同じ空の下で彼もきっと、同じように頑張っているはずだから。



2019.10.20


- ナノ -