5-4.終わりの始まり


 食事を終えていつもの海浜公園へと散歩に来た。エイルと出逢って付き合い始めてまだ数ヵ月だが、ここにはたくさんの思い出がある。初めて一緒に酒を飲みながらお互いのことを話した日。それから、初デートの待ち合わせもここだったし、そのあとポケモンバトルをしたのもエイルから好きだと言われたのもここの近くだ。そして、エイルの口からエイルの夢を聞いたのも、ここだ。
 エイルが夢を叶えるためには、イッシュ地方へ帰らなければならない。エイルがイッシュに帰るということは、シンオウで四天王になりたい俺とは……この先は、言わずともお互い想像がついているだろう。その話題には触れず、他愛もない話をしながら、ここまで歩いて来た。

「今日は星がたくさん出てるね。シンオウってなんだか星がきれいに見える気がする」
「そうか? 住んでたらよく分からないけど、気候のせいもあるのかもな」
「そうだね。フキヨセも田舎だから星はきれいだったけど、ここからは海も見えるし、もっと素敵に感じる」

 でも、言わなくてはならない。答えを決めなければならない。そのつもりで、エイルは俺に「話がある」と改めて電話してきたのだろうから。

「さっきの話」
「うん」
「まだ返事は保留……って言ってたけど、もう答えは決まってるんだろ?」
「……」

 無言は肯定だ。エイルは心を決めている。だって、幼い頃から心を殺して、這いつくばって、がむしゃらに頑張ってきた夢まで、手の届くところまで来ているというのに、それを振り払うなんてあり得ない。
 ならば、何がエイルの決断を邪魔しているのか、迷わせているのか。それは間違いなく、俺の存在だ。だから。

「俺もさ、エイルに言いたいことがあったんだ」
「……うん。電話で言ってたね。なに?」

 男として、エイルの恋人として、彼女自身が一番幸せになる選択を、俺は手助けしてやりたい。

「俺……四天王試験までの残り一年間、旅に出ようと思う」

 俺の夢を叶えるための、俺自身のための決断。これは、エイルの話を聞かなくても言うつもりだったことだからすんなり言えた。
 一度、ジムバッジを集めるというゴールのためにシンオウ地方を旅したことはあるが、今度は違う。ゴールのない旅、でも期限つきの旅。いわばこれは武者修行だ。納得のいくまで、自分とポケモン達を肉体的にも精神的にも鍛え上げる。
 そして、一年後に開かれると思われる、シンオウリーグ四天王試験に挑むのだ。

「旅に出て、もう一回自分とよく向き合って、自分とポケモン達を鍛え上げたいんだ。そのために、俺とポケモン達だけで旅がしたい」
「うん」
「今のまま頑張っても、夢が叶うか分からない。もちろん、旅に出たところで叶うかも分からないけど……後悔しないようにしたいからさ」
「……うん」
「……だから」

 声が震える。この言葉まで言うつもりはなかった。言いたくない。でも、言うんだ。エイルの夢を応援するって、誓っただろ。
 息を吸い込むと、冷えた空気が肺の中まで入り込んできた。

「別れようか。俺達」

 その冷えた空気を絡めて、出てきた言葉は温度をなくしたようだった。

「…………うん」

 少しの沈黙のあと、エイルは了承の言葉を口にした。その沈黙の間、エイルが何を考え、何を想っていたのか、痛いくらいによく分かった。
 きっと、エイルは俺の言葉の矛盾に気付いている。ついさっき、クリスマスの、これから先のことを楽しみだと話しておいて、今この場で突然別れを切り出すなんて、と。
 俺だって、本当は旅を終えるまで待っていて欲しかった。旅を終えて、四天王になった俺を、おかえりって一番に出迎えて欲しかった。
 でも、それは俺の願望であり、エゴでしかない。エイルにはエイルの夢と事情があるのだ。
 一年後、お互い夢を叶えてまた再会しようとか、エイルの夢がダメだったらシンオウに帰ってこいとか、そういう中途半端を言うのはよくないと思った。本気で夢を叶えたいなら、脇目も振らず本気にならないとダメなんだ。俺も……エイルも。

「……うっ……ひっ、く」
「俺、自分勝手でごめんな」
「違う……違うよオーバくん……謝るのはわたしでしょ……? ごめん……ごめんなさい……っ」

 きっと、エイルは俺に「こんなことを言わせてごめんなさい」と、そう言いたいんだろうな。なんで分かるかって、そんなこと簡単だ。何よりも、誰よりも、エイルのことが好きだから。

 こうして、夏に始まった俺達の恋は、冬の始まりと共に終わりを迎えようとしていた。



2019.10.14


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