5-3.二人の道


 今日はエイルのポケモンコンテストの優勝を二人で祝う約束をしていた日だ。二人でスーパーに行って材料を買い込んで、普段作らないような洒落た料理を二人であーでもないこーでもないと言いながら作ってみた。もちろん、普段買うより少し高めの酒と、ケーキも奮発してホールケーキを買った。

「えー。では、エイルのコンテストマスターランク優勝を祝って……かんぱーい!」
「かんぱーい! ありがとっ!」

 カチン、とグラス同士が鳴った音がパーティーの始まりの合図。二人で頑張って作った料理を摘まむ。うん。アヒージョなんて初めて作ったし、これが正解の味かも分からないが、なかなか美味い気がする。
 なにより、エイルと二人で作ったという過程と、目の前のエイルの笑顔が、なおさら料理を美味しくさせているんだろうなと思った。

「美味いな! 俺達料理のセンスあるかもな!」
「だねっ! レシピ動画を見ながら頑張った甲斐があったね」
「ああ。でも、せっかくのお祝いだし、外に食べに行かなくてよかったのか?」
「うん。わたし、オーバくんと一緒にお買い物して、一緒にお料理して、一緒にご飯を食べるのが好きだもん」
「へへっ! 俺も! じゃ、ちょっとリッチなディナーはクリスマスまでお預けだな」

 季節はもうすぐ冬に差し掛かろうとしている。特に、シンオウの冬は寒く、早い。初雪だってすでに観測されているのだ。
 だから、クリスマスという単語を出したのも、ごく当然というか、何もおかしくない流れだと思う。しかし、エイルはなぜか食事の手を止めてしまった。

「エイル?」
「……あ、ごめん。ボーッとしてた。うん。そうだね。あ、サラダ冷蔵庫に入れっぱなしだった。持ってくるね」
「おー。サンキュ」

 気のせいか、エイルの表情が若干曇った気がした。でも、席に戻ったエイルは何も言わなかったし、普段の表情に戻っていたので、気のせいと思うことにした。
 酒を飲みながら話をしていると、皿はあっという間に次々と空になっていった。話題に出すのはもちろん、コンテストのことばかりだ。

「それにしても、チルタリスはいつ進化させてたんだ? 全然そんなそぶりがなかったからビックリしたぜ!」
「喫茶店での仕事が終わったあと、マスターに付き合ってもらってヘルガーとバトルさせてたんだ。チルットのままでも可愛いし、チルットならではの演技が出来ると思うけど、チルタリスになったら迫力のある演技が出来るからね」
「なんだ! 言ってくれたら俺がバトルに付き合ったのに」
「ビックリさせたくて。それに、オーバくんもポケモン達を鍛えたり勉強したり忙しいでしょ?」
「そりゃそうだけど」
「マスターのヘルガーは、誰かさん達が二人がかりでやっと倒せたほど強いもんね?」
「あー! 懐かしい! そんな時もあったなー! デンジのピカチュウと俺のヒコザルでマスターのヘルガーに何度も挑んだんだよなー!」

 昔、マスターがポケモンの密猟者だったこと。そして、それを更正させたのが幼かった俺とデンジだということを、エイルは知っているらしい。
 マスターともあれから十年近くの付き合いだ。エイルと出逢ったのだって、マスターが密猟という世界から足を洗い、喫茶店をはじめたお陰だし、幼い俺にグッジョブと言ってやりたい。

「そういや、デンジとレインから優勝おめでとうって伝えてくれって言われてたんだよ」
「ほんと? 二人とも見ててくれたんだ」
「ああ! まるでポケモンミュージカルを見ているみたいだったって興奮してたぜ!」
「いつか、やってみたかったことだったんだ。コンテストの最終審査って、出す技が三つっていうこと以外は自由に演技していいから、BGMに合わせて歌いながら踊って、それに合わせて技を出すの。ポケモンミュージカルみたいにしたかったから、伝わってて嬉しいな」
「いや、ほんとすごかったよ! もっと早くチャレンジしてみたらよかったのにな!」
「今までは自信と勇気が出なくて……でも、オーバくんが話を聞いてくれたから、応援してくれる人がいるって分かったから、だからやってみようって思えたんだよ」
「エイル……」
「ありがとう。オーバくん」

 エイルは微笑んだかと思うと、ふと視線を落とした。

「それに、今まででもこの先でもない、今このタイミングで良かったのかもしれないんだ」
「なんで?」
「……今日、話と相談があるって言ってたでしょ?」

 スッと背筋を伸ばしたエイルが、手帳から取り出した長方形の紙をテーブルの上に置いた。俺にはあまり馴染みのないものだったが、それが何なのかはすぐに分かった。

「なんだこれ? 名刺?」
「コンテストが終わったあとに、控え室でいただいたの。ポケモン芸能事務所の、スカウトマンの名刺だよ」
「……んん? ってことは、スカウトされたのか?」
「そう、なる……のかな。わたし達を舞台の上で輝かせる手伝いがしたい、って言われたんだ」
「マジで!? すげーじゃん! 一気に夢に近付いたんだな! 何にスカウトされたんだ!? トップコーディネーターか? ポケドルか? ポケモンミュージカル女優か?」
「それは今後適正を見ながら判断してデビューさせるし、まずは下積み時代をクリアしないとって言われて……実はまだ返事は保留にしてるんだ」
「え!? なんで!? このチャンスを逃すなんて勿体なすぎるぞ?」
「うん……分かってる。でも、名刺をよく見て」
「ん?」
「住所のところ」

 会社名、企業ロゴ、そしてスカウトマンと思われる名前の下に続く、事務所の住所と電話番号と思われる文字の羅列を見てハッとした。イッシュ地方から始まっているその文字列。それが意味することは、つまり。

「スカウトを受けるには、イッシュへ帰らないといけないんだ」

 エイルが夢を叶えるためには、ナギサシティを、シンオウ地方を出なければならないのだ。



2019.10.14


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