5-2.それぞれの決断


 エイルがコンテストで初優勝を飾ってから数日が経った、今日。俺はナギサジムのバトルフィールドを借りてポケモン達を自主練習させていた。こういうとき、ジムリーダーが知り合いにいるとポケモンを思いきり動かせる場所に困らなくて済むから助かる。
 一応、デンジは今も前ジムリーダーからの引き継ぎ期間ではあるらしいが、業務内容など重要な引き継ぎはほぼ終わり、実質デンジがジムリーダーとして動いている。前ジムリーダーは有休消化で休むことが多いらしい。
 デンジはジムのメンテナンス。俺は参考書を開いていたが、同じタイミングで背伸びをしてしまい、そばにいたレインがクスクスと笑った。

「二人とも、少し休憩しない? さっき自販機で飲み物を買ってきたの。いつものでよかった?」
「おお! ありがとな!」
「悪いなレイン。次はオーバが奢るから」
「いやいいけど、そこはおまえじゃないのかよ」
「ふふっ。ね、オーバ君。この前のコンテスト、私テレビで見てたんだけど、エイルさんすごかったわね! まるでポケモンミュージカルを見ている気分になっちゃった」
「おっ! 見てくれてたのか! すごいしか言えないけど、ほんとすごかったんだよ! 鳥肌が全身に立って、しばらく興奮がおさまらなかったんだ! なっ! デンジも見たか?」
「ああ。レインと一緒に見てたよ。マスターランクで優勝なんて、並大抵の努力で出来ることじゃないぞ」
「そうだろそうだろ!」
「おまえも負けてられないな」
「……そこなんだよなぁ」

 コンテストマスターランクでの優勝は、エイルにとって財産となり、大きな自信へと繋がった。エイルの中で何かが変わり、彼女は自分の中で大きな一歩を踏み出したに違いないのだ。
 だが、俺はどうだ?

「正直、今の生活をあと一年続けて四天王試験に受かるのか……って、最近考えるんだよな」

 努力はもちろん惜しみ無く続ける。でも、明確な合格基準がない四天王試験に、不確かな実力のまま挑んだところで、合格するかは分からない。もちろん、筆記や面接に最低ラインの合格基準はあるのだが、結局は実技、バトルにおける合否の決定が比率としては高い。
 四天王を倒したから合格、というわけではもちろんないが、キクノさんに惨敗してからというもの、どうも俺は弱気になってしまったようだ。俺も、自信が欲しい。今度こそ必ず四天王を倒せるという、絶対的な自信が。

「なぁ、レイン。例えばだけどさ」
「うん?」
「レインに彼氏がいたとして、彼氏と一年間会えなくなる。ってなったら、どう思う?」
「……ええと、あまり想像がつかないのだけど」
「じゃあ、彼氏じゃなくても一番大切な人と一年間会えなくなるってなったら、どうだ? その人にやりたいことがあるとして、その人のことを信じて待っていられるか?」
「大切な人と……? デンジ君と会えなくなる……?」

 おいおい、なぜそれがデンジに置き換わっている。そして、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているんだ。

「寂しいけど……それをデンジ君が決めたのなら……私はその決断に反対は出来ないし……応援したいわ……寂しいけど……会えないのは悲しいけど……」
「あああ! 感情移入しすぎだって! 泣くな泣くな! 例えばの話だって!」
「おまえレインのこと泣かせてんじゃねーぞ」
「とかいいつつニヤついてんな!?」

 デンジはメソメソと頬を濡らすレインの肩を抱き寄せ、俺はどこにもいかないとかなんとか言って慰めてる。なんで俺の質問が、二人をイチャつかせる材料になってしまっているんだよ。もう、早いところくっついてくれ。頼むから。
 しかし、デンジがふと真顔になり、俺を見た。

「オーバ。おまえが何を考えているのか、何となく察したよ」
「……でも、それをやったところで、必ず四天王になれるとは限らない」
「だからこそ、どんな結末になっても、後悔しない選択をしろよ。おまえにとっても、エイルにとっても」

 後悔しない選択を……か。デンジにしては、珍しく響くことをいうじゃないか。調子に乗るだろうから、本人には絶対に言わないけど。
 自分の選択に責任と自信を持つ。そして、選んだからにはどんな結末になっても後悔しない。

「そうだな。とりあえず、じっくり考えてエイルに相談……」

 そのとき、スマートフォンが着信を告げた。ディスプレイに表示されている「エイル」という文字とアイコン。あまりにも絶妙過ぎるタイミングだ。

『もしもし? オーバくん?』
「おー! エイルか! 仕事は終わったのか?」
『うん』
「じゃあ、迎えに行く! 最近は暗くなるのも早いしな」
『ありがとう。それでね、今日は相談というか、お話があるんだ』

 どうやら、エイルも俺に何か伝えたいことがあるらしい。あまりにもタイミングがよすぎて、少し不気味なくらいだ。
 でもきっと、これも必然なのだろう。

「うん。俺も、エイルに言いたいことがある」

 今夜、二人にとって何が変わるのか、今の俺達にはまだ分からない。



2019.10.7


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