4-6.夢見た世界への切符


 控え室に戻ってからも高揚がおさまらない。わたしは幸せな夢を見ているんじゃないかと疑うけど、夢じゃない。だって、この腕の中のトロフィーと、チルタリスがつけているリボンの輝きは本物だ。

「初めて優勝しちゃった……夢じゃないんだ」

 トロフィーを力一杯抱き締めて、溢れ出そうになる涙を堪えた。
 誰かに認められるってあんな気持ちなんだ。ポケモンと一緒にキラキラした舞台のてっぺんに立てるって、こんな気持ちなんだ。
 その時、コンコンと控え室のドアをノックする音が聞こえた。きっと、オーバくんだ。わたしの優勝を誰より望み、応援して、喜んでくれた彼だ。

「はーい! ね! わたし、やったよ……」

 誰かを確認する前にドアを明け、抱き付こうとしたけど寸前で留まった。
 控え室をノックしたのは、オーバくんではなかった。ポロシャツにジーンズ姿の男性。歳はお父さんくらい……四十代くらいだろうか。
 男性の隣にいたこのコンテストのスタッフは、彼がわたしに話があるということを告げると、一礼して控え室を後にした。

「突然失礼。先程のコンテストを見させてもらったよ。優勝おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「……」
「あ、あの……?」
「申し遅れた。わたしはこういう者でね。イッシュ地方に最近設立した、小さな芸能プロダクションのスカウトマンをしている。今は休暇でシンオウに来ていたんだよ。ラフな格好での挨拶ですまないね」

 スカウトマンという単語を聞いた瞬間に、心臓が大きく揺れ動いたのがわかった。丁寧に差し出された名刺を、失礼にならないように両手で受けとる。確かに、そこにはイッシュ地方の芸能プロダクションの名前が書かれている。
 わたしがイッシュを出た後に設立されたから、オーディションなどを受けたことはなかったけど、そういう情報に対しては常にアンテナを張っているから、事務所の名前は知っていた。確か、カミツレという人気急上昇中のモデルがいる事務所だ。

「少し失礼なことを言うかもしれないが聞いてくれるかい?」
「はい」
「正直、君達と同じくらい歌える人はたくさん見てきたし、容姿だって整ってはいるが芸能界にはごまんといる。それでも……なぜか君達から目が離せなかったよ」

 わたしもチルタリスも、背筋を伸ばして男性の言葉に耳を傾けた。だって、この男性の口から聞けるのは、もしかしたら。

「君達さえ望むなら、君達を舞台の上で輝かせる手助けをしたい」
「っ、それって」
「もちろん、厳しい下積みが待っているだろうし、必ず成功するとは約束できないが……少し考えてみて欲しい」

 それは、 わたし達が何年も望んでやまない言葉だった。



2019.10.5


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