4-5.頂上から見る景色


 今日はヨスガシティで、マスターランクのポケモンコンテストが開催される日だ。今日という日に仕事が入っているなんて、本当についてない。
 走って、走って、走って。途中でスタッフに顔をしかめられながらも、ようやく目的の場所にたどり着いた。扉に貼ってある名前を確認して、勢いよくドアを開けると、そこにはコンテスト衣装に身を包んだエイルがいた。

「悪い! 遅くなった!」
「ううん。大丈夫だよ。仕事で遅れるって昨日連絡くれてたし」
「一次審査と二次審査は!?」
「もちろん合格! 次が最終審査だよ」
「よかったー! って言っても、エイルなら余裕で通るだろうとは思ってたけどな」
「もー。そんなこと言って。ね! この衣装、どう? 綺麗だけど可愛い感じもするでしょ?」

 くるりと目の前で回って見せると、軽やかな白がふわりと揺れた。その真っ白な衣装には、ふんだんに羽が使われている。
 今回の衣装のモチーフは一目見てわかった。翼。空。天使。大きく羽ばたきたいと言った、今のエイルにぴったりの衣装だと思った。

「うんうん。可愛い。似合ってる。さすが俺の彼女」
「ありがと」
「衣装の雰囲気から察するに……今回一緒にコンテストに出てるのはチルットだな!」
「ふふっ。それは、最終審査を見てからのお楽しみだよ?」

 イタズラっぽくニヤリと笑う。これは何か隠しているなと思ったが、楽しみをとっておくために追求はやめておいた。どうせあと三十分もしないうちにコンテストの最終審査は始まるのだ。

「オーバくん」
「ん?」
「おまじない。いいこいいこ、して?」

 目を閉じて、頭を垂れる。ヘアセットと髪飾りを乱さないように、控えめに手を髪へと滑らせた。
 俺達の間ではすっかり定着してしまったこのおまじない。最初は俺の方がこれに励まされていたというのに、今やエイルに使う方が多くなってしまったな。

「じゃあ、行ってくるね」
「ああ! 観覧席から応援してるぜ!」

  控え室を出て、観覧席がある二階へと向かう。エイルが用意してくれていた席は、最前列ではなかったが観覧席全体のちょうど真ん中あたりで、ステージ全体を見ることが出来る特等席だった。
 自分もコンテストを見たいと騒いでいたブースターも出してやる。あとは、始まるのを待つばかりだ。

「いよいよ最終審査だな。どのポケモンでどんな演技をするのか、楽しみだなー! なっ! ブースターもコンテストを生で見るのは初めてだから楽しみだろ?」
「失礼。隣、いいかね?」
「あ。どーぞどーぞ!」

 俺と同じようなポロシャツにジーンズというラフな格好をした男が隣に来たので、ブースターを膝に抱えて席を詰めた。
 ちょうどその時、ステージをライトが照らして、BGMが流れ出した。いよいよ、コンテストマスターランクの最終審査の始まりだ。

「始まる! 一番手は……メリッサか」

 前回、エイルとリザードンが出たコンテストをテレビで見たときのテーマはかっこよさだった。今回のテーマは美しさ。メリッサもまた、前回と違う方法で魅せてくることだ。
 妖艶な衣装に身を包んだメリッサと共に、ステージに現れたのはジュペッタだった。ジュペッタなら必ず持っている宝石を生かした技構成が目を引く。曲に合わせて宝石がキラキラ輝き、踊るように技を繰り出す。
 エイルのライバルながら、思わず見入ってしまった。

「はー……初っぱなからこんな演技を見せられたら、戦意喪失しちまいそうだ」
「ガルッ」
「そうだな……エイルなら、大丈夫だな」

 控え室で会ったエイルからは、今までとは違うなにかを感じられた。夕暮れの瞳は強気に輝き、なにより自信に満ちていた気がする。
 だから、きっと。

『さあ! いよいよ最後の演技です! ナギサシティのエイル! 今回のポケモンは……チルタリス!』
「えっ? チルタリス?」

 思わず耳を疑ったが、天使のような真っ白な羽の衣装に身を包んだエイルの隣には、同じく純白の羽を持ったチルタリスが寄り添っている。

「ほんとだ。チルット、進化したんだな……っ」

 ポケモンコンテストとは一般的に、見た目審査とダンス審査を勝ち抜いたトレーナーとポケモンが、ポケモンの技で審査員や会場にアピールする最終審査で優勝を決定する。最終審査では好きなBGMだったり小道具が使えて、それ次第でポケモンの魅力を存分にアピール出来るのだ。
 エイルとチルタリスの演技が始まったその瞬間、会場がざわついたのがわかった。曲に合わせて、エイルとチルタリスが歌っている。それは良く劇などにも使われている異国の曲で、俺でも聞き馴染みのある曲だった。
 歌の合間にエイルが指示を出し、チルタリスが技を繰り出す。それを美しいと感じると共に、心からワクワクしている自分に気付いた。次はどんな技を出す? どんなステップを踏む? どう魅せてくる?
 それはまるで、ポケモンミュージカルのワンシーンを見ているかのようだったのだ。

「ははっ……すげぇな! 歌って躍りながら演技するなんて、考えもしなかったぜ……!」

 曲の終わりと同時に、エイルとチルタリスがポーズをとると、溢れんばかりの拍手が会場を包んだ。俺だけじゃなく、きっと会場のほとんどの人やポケモンが思ったはずだ。もっとこの演技を見ていたかった、と。
 そして、結果発表で当然のように名前を呼ばれたのは。

『優勝は……ナギサシティのエイルとチルタリスです! おめでとう!』
「っ、しゃーっ!!!」

 思わず叫んで立ち上がり、手が腫れ上がるほどの強い拍手を送った。すごい。本当に、すごい。予想外な魅せ方はもちろん、コンテストに最も重要とされている技構成やアピールポイント、そしてトレーナーとポケモンがひとつとなること。どれをとっても、前回以上の完璧な結果だったと思う。
 エイルの努力が、今までの苦労がひとつ報われたその瞬間に立ち会えた。その事実がこの上なく嬉しかった。表彰台の上から俺を見つけたエイルが、とびきりの笑顔を見せてくれた時、心の底からそう思った。



2019.10.5


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