4-4.夕暮れから暁へ


 いくら考えても気の利いた言葉なんて浮かんでこない。そもそも、そうやって捻り出した言葉はきっと、俺自身の本心ではない。
 だから、俺は思い付くままに、真っ直ぐに、自分の気持ちを伝える。

「親父さんとの約束までまだあと一年くらいあるんだろ? だったら、それまでやってみればいいじゃないか。諦めたらそこで終わりだぞ」
「っ……簡単に言わないでよ」

 その口調から、荒れた感情が伝わってくる。こういう感情をぶつけられるのも初めてかもしれない。
 でも、それがどうした。そのくらい受け止められず、俺の想いが届くわけがない。

「わたしは、今までずっと一人で頑張ってきた。一番応援して欲しい人からは夢を否定されて、友達がやりたいことを叶えている姿を見ながら、それでも、いつかわたしもって、頑張ってきたの。でも……もう疲れたよ。誰からも応援してもらえない夢なんて、意味あるの?」
「なんだ。応援してほしかったのか」
「え?」
「夢を追いかけるのに支えがほしかったんだな。そうだよな。いくら幼い頃から追いかけ続けた強い夢でも、一人だと挫けそうになるときもあるよな。わかるよ」

 俺だってそうだ。四天王になるという、夢物語みたいな理想を追いかけ続けて何年経っただろう。幼い頃の俺に、血反吐吐くくらいの努力じゃそこへはたどり着けないぞと教えてやりたいくらいだ。
 でも、どんなに辛くても、挫けそうなときがあっえも、俺には背中を押してくれる友達や家族や仲間がいた。だから、何度も這い上がれた。
 エイルに一番必要なのは、きっと、それなのだ。
 冷えた両手を包むように握りしめると、それはビクッと微かに震えた。

「そんなの、俺がいくらでもやってやるよ! やっとエイルの夢をエイルの口から聞けたんだ! 全力で応援するぜ! 頑張っているエイルにもっと頑張れ、なんて言えないけど、エイルが疲れたときに受け止めたり、話を聞いたり、背中を押したりすることは出来るからさ!」
「オーバくん……」
「だって、俺は初めてエイルの歌を聴いたときから、そしてコンテストで楽しそうな演技を見たときから、エイルのファンなんだからさ!」

 あのとき初めて聴いた歌。初めて見たコンテストの演技。鳥肌がたってしまうくらい引き込まれて、一瞬で虜になってしまったのは、俺がエイルに惚れかけていたからとかそんな単純な理由じゃない。
 今のエイルが、不安と隣り合わせた不完全なものだとしても、それが取り除かれたとき、エイルはきっと俺も見たことのない本来の輝きを見せてくれる。俺はそれをこの目で見てみたい。
 だから、伝われ、伝われ。ありったけの俺の想いを、エールを込めて、両手を握りしめた。

「オーバ……くん……っ」

 夕暮れ色の瞳から流れた雫が、頬を伝って手に落ちた。

「わたし、きみが羨ましかったの。夢を応援してくれる友達や家族がいて、夢に向かって真っ直ぐに頑張れるきみが……!」
「うん」
「わたしも、そんな人が欲しかった……誰かに夢を諦めなくて良いんだよって、言って欲しかったの……!」
「……うん」
「っ……ここにいてくれたんだね」

 泣きながら笑う。その姿を見て、ああ、もう大丈夫だと、そう思ったけれど、まだ忘れてはいけないことがある。

「俺だけじゃないぜ?」
「え?」
「ほら。エイルのポケモン達だって、一緒に頑張ってる仲間、友達だろ?」
「……みんな」

 エイルのポケモン達が入っているモンスターボールが激しく揺れた。まるで「そうだそうだ!」「忘れられてたら悲しいぞ!」「今までもこれからもずっと味方だよ」と言っているようだった。

「ありがとう……っ」

 仲間達が入ったボールを抱き締めるエイルの姿を、光が照らす。水平線が白くなり、空と海の境界がくっきりとわかった。
 ああ、もう夜明けか。

「空が明るくなってきたな」
「うん」
「夕暮れの空もエイルの瞳と同じ色だと思ったけど、夜明けの空も似てるな」
「そう?」
「ああ。エイルの瞳は光の加減で紫だったり、青っぽく見えたりするから」

 夜に入る前の仄暗さと少しの切なさを宿した紫。朝が来る前の微かな光と希望を灯した青。どちらの色も綺麗で、だからこそエイルの瞳が彼女らしく輝いているのだと思う。
 エイルは少しだけ眩しそうに目を細めながら、水平線から少しずつ顔を出す太陽を見つめた。

「……夜明けの空を飛ぶポケモン達みたいに、わたしも大きく羽ばたけると良いな」
「ああ! 絶対出来るぜ! 俺が太陽になっていくらでも道を照らしてやる!」
「……ありがとう。あのね、オーバくん」
「なんだ?」
「今度、またコンテストに出るんだ。ちょっと、前とは違った魅せ方をしようと思うんだけど……また見ててくれる?」
「もちろん! 今度は会場に応援にいくからな! 絶対!」
「……うん!」

 そしてエイルは、俺が大好きなとびきりの笑顔を見せて、俺の腕の中に飛び込んできた。



2019.10.1


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