4-2.ミッドナイトブルー


「エイル!? エイルいないのか!?」

 リビングも寝室もトイレもベランダも、考えられる場所は全て見たけどエイルの姿はない。ならば外か、と思い玄関を確認すると、近所用のサンダルが見当たらなかったのでビンゴだ、と思った。
 日付はとっくに変わってしまっている。こんな時間に一人でどこに行ったというんだ。しかも、今日はポケモンセンターにポケモン達を預けているというのに。

「俺も出ていって入れ違いになったらマズイし……そうだ、スマホは」

 確か、寝室のドレッサーの上に、充電器に刺さった状態で置いてあったことを思い出した。
 急いで寝室に戻ると、スマホは確かにそこにあったが、ドレッサーの上ではなくフローリングの上に投げ捨てられていた。
 何らかのアプリが起動しているサインが、ピカピカ光ってる。悪いとは思いつつ、起動ボタンを押す。二人で海に行ったときに砂浜に描いたハートを撮った、ロック画面が現れた。少しだけ、胸の奥がキュッと締まった気がした。
 暗証番号を付き合った日にしようと、嬉しそうに言っていたエイルの姿を思い出す。そういうことを俺の前で言うなよとあのときは笑ったけど、まさかこんな形で役に立つなんてな。
 四つの数字を押すとロックは簡単に解除され、直前まで開かれていたであろう画面が現れた。留守電のメッセージが再生途中だった。誰からのメッセージなのか確認する前に戻るボタンをタップし、耳に押し当てた。

『エイルか? ……父さんだ』

 思わずドキリとするような、厳格な声が聞こえた。エイルが以前、厳しいと話していた、あの人か。

『約束していた期間まであと一年ほどだが、どうなんだ? 母さんにもなにも連絡がないということは、やっぱり無理だっただろう? ポケモンと一緒に舞台に立ちたいなんて、現実離れした夢を見るものじゃない。今まで良い教育を受けさせてきたんだから、父さんの言うとおりの道を進んでいれば何もかもうまくいったのに……少し人より得意とか、好きだからとか、そんなことで成功するほど世界は甘くないんだ。現実を見なさい。みんなエイルのためなんだ。母さんだって心配している。いつだって帰ってきなさい。まあ、あと一年頑張ってみても良いが……無駄な時間ほど勿体ないものはない』

 一方的な言葉の羅列のあと、ブツリと音を立ててメッセージは終わった。
 まだ心臓がドクドクいっている。俺が聞いてもこんな状態なのに、これをエイル本人が聞いたのだとしたら。

「なんだこれ……エイルはこれを聞いたのか……?」

 きっと、とても、追い詰められている。
 鍵をかけるのも忘れて部屋を飛び出し、走った。エイルが働いている喫茶店の前。コンビニ。しるべの灯台。ポケモンジム。思い付く場所を片っ端から回った。しかし、どれも空振りに終わってしまった。
 期待していたポケモンセンターにもいなかった。念のため、ポケモン達を確認してみることにしたが、受け取りにきてはいないようだった。
 代わりに受け取らせて欲しいと言うと、いつもエイルと二人で来ていて顔を覚えられていたからか、夜勤のジョーイさんはエイルのポケモンも渡してくれた。

「なぁ! エイルがいなくなったんだ! あいつが行きそうな場所はわかるか!?」

 俺の言葉と形相から、緊急事態であることを悟ったポケモン達は、不安そうにボールをカタカタ揺らした。その中で、イーブイはポケモンセンターの外に視線を向けていた。
 外に出て、イーブイの視線を追う。ああ、そうか。いつか、エイルと語り明かしたあの公園は、まだ探していなかった。
 エイルのポケモン達が入ったモンスターボールをポケットにねじ込み、再び走り出した。不格好だし少し走りにくかったが、知ったことではない。
 早く、早く、早く。エイルを見つけないと、彼女は。

「リザードン!?」

 モンスターボールからリザードンが飛び出してきて、俺の走る先を低空飛行して飛んでいった。もしかしたら、エイルの気配を察知したのかもしれない。さすがにポケモンが飛ぶスピードには敵わないが、俺も出せるだけの全速力で走った。
 すると、遠くから声が聞こえた。

「あちち! 熱い!」
「燃えちまう! 勘弁してくれ!」

 海浜公園の入り口付近で、酒と焦げ臭い男達とすれ違った。酒はともかく、焦げ臭さはきっとリザードンが何かしたのだろうと思ったが、気に留める間もなく通りすぎた。
 ああ、やっと見つけられた。

「エイル」
「……オーバくん」

 リザードンに寄り添われたエイルが、そこにいた。安堵からか、ドッと体が重くなった気がする。でも、よかった。泣いてないし、怪我もしていないようだ。

「大丈夫か?」
「うん。さっきの人達に絡まれてたんだけど、リザードンが助けてくれた」
「そっか。俺は間に合わなくて悪かった」
「ううん。リザードンを連れてきてくれたのはオーバくんでしょう? それに、一人で部屋を飛び出してきたのはわたしだから」

 自嘲しながら視線を落とす。初めて見る表情で、少し胸が痛んだ。これを差し出したら、エイルはもっと悲しい顔をするかもしれないけれど、でも。
 夕暮れ色の視線の先に、スマホを差し出した。

「聞いたんだね」

 やっぱり、エイルは諦めたように笑っていた。



2019.9.27


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