4-1.砕け散る幻想
走って、走って、走って。息をつく暇もないくらい、どこをどう通ったかもわからないくらい、ただ走った。気がつけば、まだ付き合う前に、オーバくんとお酒を飲みながらいろんな話をした、海浜公園に来ていた。
手すりに身を預けて、息を整える。心臓がうるさいくらいバクバクいっている。これは、ここまで走ってきたからなのか、それとも。
「逃げ、ちゃった」
久しぶりのお父さんの声。もしかしたら、わたしが聞きたい言葉が聞けるかもしれない……なんて、そんな淡い幻想はすぐに消えた。厳格な声。聞きたくない言葉たち。何も変わっていなかった。
今も昔も、わたしは、ただ、お父さんに。
「オーバくん……っ」
助けを呼んだって、いない人の声が返ってくるはずがない。逃げ出したのはわたしなのに、バカみたいだ。
自分で自分を抱き締めた。そうしないと、足元から崩れ落ちてしまいそうな気がした。
鼻を掠める臭い。お酒の臭いだ。いかにも酔っぱらってます、というような大きな声も後ろから近付いてくるのがわかった。
「おっ! おねーちゃんはっけーん」
「一人でこんなところにいたら危ないぞー」
「ははは! おまえが言うなってーの!」
「うるせーよ。ほら、最近寒くなってきたし、暖かくなれる場所にでも行こうぜ」
両側から挟まれて肩を組まれた。触らないで。近寄らないで。頭の片隅ではそう思っていても、脳のほとんどは考えることを拒否しているし、体は鉛のように重く動かない。
なんだかもう、どうでもいいや。
2019.9.27