3-5.自分を見つめて


 マスターのバーのカウンター席。三人並んで座っていると、後ろから「あそこの三人組、信号機みたい」と聞こえてきて、思わず小さく吹き出した。デンジも聞こえたんだろう。若干眉を潜めている。その姿を見て、俺はまた笑った。
 レインはというと、落ち着かなさそうに回りをキョロキョロしながら、カシスオレンジに口をつけた。

「私、バーって初めて。なんだかドキドキしちゃうね」
「オーバはこの雰囲気でエイルを口説いたってわけか。計算高いな」
「いや、口説いた覚えはないが」
「酒が弱い男を装って部屋まで行ったんだから十分計算高いぞ」
「別に装ってねーよ」

 部屋に行ったとはいえ、その時は情けない姿しか見られていない。部屋につくなりソファーで爆睡する男なんて、俺が女だったらお断りだ。エイルはよく俺のことを好きになってくれたな、とつくづく思った。
 と、そういう話は今はよくて。

「それより、さっきの話どう思う?」
「ああ。キクノさんにボロ負けしたってやつ?」
「……改めて言われると心に刺さるな」
「キクノさんは四天王の中でも一番のベテランだし、じめんタイプのエキスパートだし、何より今回はしょうぶどころというレベル制限がない場所で戦ったんだから、全てにおいて分が悪かったとしか言えないな」

 そう、確かにそれはある。
 四天王としてチャレンジャーと戦う公式戦の場合、四天王は公式戦用に登録した手持ちポケモンのレベルを一定値に設定して、挑戦者を迎え撃つ。そうでもしないと、四天王を撃破できるトレーナーなんていないに等しくなってしまうからだ。ちなみにこれは、ジムリーダーにも当てはまることである。
 しかし今回、俺がキクノさんと戦ったのはしょうぶどころ。キクノさんにとっては公式戦ではなく、野良試合ということになる。どのポケモンで戦っても構わないし、レベルだって抑える必要がない。
 つまり、全力を出した状態の四天王に負けたということになるのだ。だからといって、それなら勝てなくても仕方ない、とは思わない。一矢報いることすらできなかった。それではあんまりだ。なんとしても、リベンジする機会が欲しい。

「デンジ君のポケモン達もじめんタイプが苦手なのよね? デンジ君はどう対策しているの?」
「オレか? オレのポケモン達の一番の強みは素早さだ。攻撃される前に弱点をついて倒す。これに限る」
「なんだその当たらなけりゃ最強的な物言いは。脳筋かよ」
「実際、先手で攻撃できるのは強みだろ。あとは、相手が苦手とするこおりタイプの技を覚えさせたり、将来的にはでんじふゆうなんかも覚えさせたりはしたいな」
「なるほど……浮いていたらじめんタイプの技が当たらないなら、フワライドで挑むのはどうかしら?」
「レインの言うとおり、それも一理あるな。オレもジムリーダー試験のとき、実技の相手がトウガンさんだったから、念のため連れていってたエテボースに助けられた」
「デンジ君のエテボース、ほのお技やかくとう技も覚えているものね」

 ん? デンジ、ジムリーダー試験当日は寝坊したとか言ってなかったか? そのわりには、ちゃっかりしているというか、抜け目ねーな。
 しかし、デンジが言うことはもっともだった。別に、四天王になりたいからと言って、ひとつのタイプに拘る必要はない。デンジが言うように、まずその地位を目指したければ、様々なタイプを育てておいた方がいいのかもしれない。

「ほのおタイプだけで挑もうとせず、フワライドやミミロップ、ハガネールも鍛え直してた方がいいのかもな。でも、あと一年足らずでどこまでやれるか……」

 そこまで話していると、ふと照明が暗くなりバーの一番奥に、エイルが現れた。今日の衣装はスリットが入った黒いドレスだ。その唇から紡がれる歌声も、色香が漂って艶やかだった。

「わぁ……! エイルさんすごく綺麗……!」
「だろ? バーの雰囲気に合わせてこういう歌を歌うことが多いけど、エイルはなんでも歌えるからな! ポップ系もロック系もテクノ系も!」
「へぇ。ほんとに上手いんだな」
「そうだろそうだろ! ……でも、今日はなんだか」

 自分の恋人を褒められて嬉しい反面、俺は若干違和感を感じていた。これを、エイルの歌を初めて聞いた二人に話したところで、同調してもらえるかわからないし、黙っていると、後ろから声が聞こえてきた。

「いつもより声が不安定な気がするな」
「マスター」
「自信がなさそう、と言えばいいか」
「ああ。俺もそう思う。それに、なんだか……楽しくなさそうだ」

 そう。上手いとか下手とか、そういうこと以前に、歌が好きだと、歌うことが楽しいという気持ちが、今日のエイルからは感じられなかった。気のせいなのだろうかと思っても、一度感じた違和感はそう簡単に拭えず、俺の脳に纏わりついた。
 歌い終わったエイルは、俺達の席に来ていつもと変わらない顔で一緒に飲んだ。でもやっぱり、俺にはどこか、彼女が疲れているように見えた。



2019.9.21


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