3-4.魔法のおまじない


 しょうぶどころに静けさが戻ってどのくらい経ったのだろう。キクノさんとのバトルが終わってからの記憶があまりない。
 唯一覚えていること。それは、キクノさんのカバルドンを相手に、俺達は手も足も出なかったということだ。

「それでさー! 兄貴、四天王のキクノさん相手に、キレーに負けちゃって、真っ白に燃え尽きてるってわけ!」

 カウンターに突っ伏している俺の耳に、バクの興奮しきった声が聞こえてきた。

「ほのおタイプが苦手とするじめんタイプとはいえ、一体のポケモンで全滅させられるんだから、やっぱり四天王ってすごいよな!」

 どうやらバクはキクノさん……四天王の生バトルを見られたことが相当嬉しかったようだ。だが、少しは俺の立ち位置を考えてみてほしい。まるで死体蹴りをされている気分だ。
 しかし、バクは誰と話しているんだ? じいちゃんか? まあ、誰でもいいか……。

「そういえば、自己紹介してなかったよな? おれは兄貴の弟のバク! ねーちゃんは? ……エイルか! よろしくな!」

 ああ、なんだ。バクはエイルと話していたのか……ん? エイル?

「ってエイル!?」
「あ。起きた」

 弾かれたように飛び起きると、俺の隣に座るバクの奥の席に、確かにエイルがいた。「やっほー」と言いながら手をヒラヒラさせている。うん、間違いない。エイルだ。

「な、何でここに!?」
「今日はお客さんが少なくて早く上がれたんだ。夜から歌うんだけど、まだ時間があったから、オーバくんどうしてるかなと思って電話したの。そしたら、バクくんが出てくれて事情を説明してくれたんだ。だから、リザードンに乗って来ちゃった」
「おまえバク! 電話があったなら教えろよ!」
「何回も声かけたけど、燃え尽きて反応がなかったのは兄貴だろ!」
「うっ」

 そこを突かれたら言い返しようがなかった。燃え尽きた状態の、つまりポケモンバトルに負けたときの俺は、周りの音が何も入ってこなくなる。そんな俺は、回収役のデンジいわく「スンとしてる」だそうだ。よくわからんが、とりあえず面倒くさい状態らしい。

「オーバも隅に置けんのう。こんな美人な彼女がいたとはな」
「ほんとだぜ! なぁなぁ! 兄貴のどこがよかったんだ? こんなアフロだぞ?」
「これ、バク。そういうことを言うんじゃない。男も女も見た目じゃない。大事なのは中身じゃよ」
「でもさー、さすがにアフロは」
「あー! やめろやめろ! そういうのは俺がいないときに聞いてくれ!」
「ふふっ。仲良しな家族だね」

 クスクスとエイルが笑うので、思わず頬を掻いた。家族を交えて話すのは初めてで、なかなか恥ずかしいというか、くすぐったい。でも、こういうの嫌いじゃない、かな。
 ふとバクを見ると、肘をついてニヤニヤした目と視線が合った。

「なんだよ、バク」
「いーや? さっ! おれは先に帰ってようかな!」
「え?」
「わしも奥で仕込みがあるから、ゆっくりしていっておくれ」
「お?」

 二人ともこの場を退散してしまい、聞こえるのはBGMのみになってしまった。しかも、いつ選曲を変えたのか、しっとりしたジャズになっている。あからさますぎるぞ、じいちゃん。

「なんだなんだ? 気を遣われたのか?」
「みたいだね。せっかくだし、夜までもう少し時間があるし、お話ししていこう?」
「ああ……」

 エイルが席をつめて俺の隣に座ってきたが、俺の心は晴れなかった。心のうちが簡単に顔に出てしまう俺を見て、エイルも単刀直入に話を切り出した。

「今日は少し表情が暗いね」
「あ? あー……まぁ、あれだけボロボロに負けたのは久しぶりだったからさ。しかも、相手は目標とする四天王の一人だ。俺自身、昔よりは強くなった気でいたけど、やっぱりまだまだ遠いな」
「オーバくん……」
「足りない。強さも知識も戦略も、まだまだ高みを追い求めないと」

 これ以上何をすれば良い? っていうくらい、俺としては頑張っているつもりだった。でも、まだまだ足りないらしい。もっと血へどを吐くくらい、必死にならないと。頑張らないと。あの高みには、届かない。
 ふわり。頭に柔らかいものが触れた。エイルの手だった。その手はまるで、ポケモンの卵に触れるかのように、優しく、そっと、俺の髪を撫でる。

「ん?」
「なあに?」
「いや、何してるのかなと」
「いいこいいこしてる」
「それは見りゃわかるんだけど」
「オーバくんがいつもすごく努力してるの、わたし知ってるよ。本当に尊敬するくらい。だから、自分を信じて」
「……エイル」

 こんなに情けない姿を見せて、そして子供みたいに慰められるなんて、格好悪いったらない。でも、不思議と、勇気と元気が湧いてくる。へこんでなんかいられない。まだまだ、俺達は頑張れる。そんな気になれる。

「ありがとな! またボチボチ頑張るか! 四天王と戦って勉強になったことは確かだしな! そうだ! 今日は店にデンジも連れてきていいか? あいつもこの前二十歳になったし、あいつが苦手とするポケモンもじめんタイプだから、良い話が聞けるかもしれない!」
「うん。もちろんだよ。わたしも、オーバくんのお友達と仲良くなりたいな」
「よし! それならレインも呼ぶか! そうと決まれば電話だな!」

 ああ。燃え尽きたときに充電してくれる彼女や友達の存在って、有り難いな。もし、誰かが俺みたいな状態になったときは、俺も全力でそいつに火をつけてやろう。そうやって、俺達は支え合って前に進んでいくのだ。



2019.9.19


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