3-3.大地の恐怖


 シンオウ地方の北に浮かぶ小さな島、バトルゾーン。ここには三つの街があるが、今日はそのうちのひとつである、ポケモントレーナーの修行の場、サバイバルエリアに来ている。対苦手タイプのために練った対策を実践してみるために、とある相手を呼び出したのだ。

「ネンドール! じしんだ!」
「ブーバーン! 耐えて見せろ!」

 修行の相手はバク。俺の弟であり、ほのおタイプが苦手とするじめんタイプのネンドールを手持ちの一体としている。そのじめんタイプが繰り出した地震を、あえて受け止め、持ちこたえる。

「じめんタイプの技を耐えた!?」
「それだけじゃないぜ! 決めろ! ソーラービーム!」
「ソーラービームぅ!? す、ストップストップ!」

 バクのすっとんきょうな絶叫が聞こえてきたが、生憎と待つ気はない。
 太陽光を吸収したブーバーンの腕から、目が眩むほどの眩い光のエネルギーが放たれた。ネンドール、戦闘不能だ。

「よっしゃぁ! よくやったなブーバーン!」
「はー! マジかソーラービームなんてありかよー……お疲れ。ネンドール。しっかり休んでくれな」

 労りの言葉をかけ、バクはネンドールをモンスターボールに戻した。
 確かに、バクのネンドールは強かった。しかしそれに勝利した俺のブーバーンの、防御力と攻撃力もなかなかのものだということだろう。

「どうだ? 耐久面も鍛えられてきただろ? それに、にほんばれからのソーラービーム! 対じめんタイプの対策もバッチリだ!」
「くっそー! 悔しいけど、やるじゃん兄貴」
「まあなー!」
「あー。腹へった。なぁ、じいちゃんとこ寄ってこうぜ! ポケモンを回復もさせたいし」
「おお! いいな! 機嫌のいいオーバ様が飯でもおごってやるよ!」
「よっしゃ!」

 サバイバルエリアには、俺達のじいちゃんが経営する店がある。名前はしょうぶどころ。一見コテージ風の飲食店のように見えるが、一歩中に入ると、そこは立派なバトルフィールドが設立された、ポケモントレーナーのための飲食店兼バトル施設となっているのだ。

「じいちゃーん!」
「おや。オーバにバクか。二人で珍しいな」
「ハードマウンテンの近くで兄貴の修行に付き合ってたんだ! せっかくだし飯でも食って帰ろうと思ってさ!」
「おお。ちょっと待っとれ。じいちゃんが腕によりをかけて作ってやろうな」

 バクと二人でカウンター席に座る。二人でここを訪れたときの指定席だ。ここだと、厨房で仕事をするじいちゃんとも少し話ができるし、料理の良い香りを堪能できる。

「にしても、いつ来ても客すくねーよな。大丈夫なのか?」
「ま、ここは一見さんお断り! 実力者しか入れない店……しょうぶどころだからな! 入って来られるとしたら紹介か、すでに顔の知れている実力者のどちらか……」

 そんなことを噂していると、カランカランと、入り口のベルが音をたてた。

「あら。珍しい。可愛いお客さん達がいたのね」

 店に入ってきたのは淑やかな初老の女性。しかも、どこかで見覚えのある……いや、知らないはずがない人だった。
 俺は思わず立ち上がり、女性の前に進み出た。憧れてやまない人達のうちの一人が、目の前にいるのだ。冷静でいられるわけがなかった。

「あっ、あの!」
「はい?」
「もしかして、いや、しなくても! 四天王のキクノさん……!?」
「ええ。そうよ」
「俺、四天王を目指してるんです! オーバです!」
「あら。四天王を? じゃあ、今度の採用には……」
「もちろん! 応募するつもりです!」
「本当? 楽しみだわ。あなたみたいな若い子が四天王になったら盛り上がるわねぇ」

 四天王のキクノさん。四天王の中でも一番その座に長く就いている。確か、戦う順序としては二番手であったはずだが、四天王の中では最もベテランだ。
 胸を借りるには十分過ぎる相手だ。この機を逃すわけにはいかない。

「あの!」
「なにかしら?」
「よかったら、俺とポケモンバトルをしてもらえませんか!?」
「兄貴!? 相手は四天王、しかもキクノさんっていったらじめんタイプ使いだぞ!?」
「だからこそ! 挑まずにはいられないんだろ!」

 無謀だということは俺でも理解している。でも、もしかしたら今の俺なら、手持ちの一体くらい、いや半分くらい倒すことができるかもしれない。そんな気がしてしまうくらい、俺達は頑張ってきたし、実際に強くなっているはずなのだ。
 厨房で話を聞いていたのだろう。じいちゃんは人数分のお冷やをカウンターに置きながら、キクノさんに話しかける。

「キクノさん。この子達はわしの孫でな。よかったら相手をしてやってほしい」
「あら。そうだったのね。今日はバトルせずにお喋りを楽しむつもりで来たから、ポケモンは一体しか連れてきていないのよ。それでもいいかしら?」
「もちろん!」

 戦えるのならなんだった良い。四天王のバトルを目の前で見る絶好のチャンスなんだ。
 バトルフィールドの両端に立ち、向かい合う。キクノさんはまだ、穏やかな笑みを浮かべたままだ。

「じゃあ」

 その柔らかく弧を描いた目が、スッと細められる。

「はじめましょうか」

 全身に鳥肌がたった。武者震いなんてものではない。これは、恐怖だ。まるで、ガブリアスを相手にしたミミロルのような、圧倒的力の差を全身に感じる。これが、四天王。
 でも、引けない。引かない。相手が一体だけなら、その一体を全力で倒してやる。
 しかし、俺達の闘志も虚しく、たった一体のカバルドンを相手に、圧倒的な敗北を経験することになるのだった。



2019.9.15


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