2-8.繋がる気持ち


 この沈黙をどう捉えたらいいものか。
 辺りに人気はないし、聞こえてくるのは波の音くらいなものなので、聞き間違えという線はほぼない、と、思う。だが、俺の脳が都合良く言葉を変換してしまった可能性だってある。

「あ、あのー? エイルさん?」

 エイルは何も言わないし、後ろ姿から表情は読み取れない。ここは流すべきか、確認すべきか。
 でも、もしも、万が一でも、聞こえてきた言葉が本当だったら、俺は聞き流してしまったことを後悔してもしきれないので、後者を選択する。

「聞き間違えかな? 俺のことが何だって?」
「聞き間違えじゃない! 好きって言ったの! だから、部屋にも上がっていいって言ったんだから!」

 半ばやけくそだというように、エイルは叫びながら振り向いた。真っ赤な顔。緊張からか、目は少し潤んで、手元は震えているようだった。
 こんなに感情を真っ直ぐにぶつけてきてくれたのは、初めてだな。今までのエイルは、どこか余裕のある表情をして、遠くを見ていることが多かった。そんな気がする。でも、今日一日で、エイルのことをたくさん知ることが出来たし、いろんな表情を見ることができた。
 ますます、エイルのことを好きになった。

「ねえ」
「……」
「何か言ってよ」
「……嬉しい」
「え?」
「……めちゃくちゃ嬉しい!」

 震えている手を握って、引いて、抱き締めた。

「俺も好きだ! エイルのこと大好きだ!」

 先を越されてしまったが、ようやく伝えられた。この腕の中にいる人物と俺が両想いなんて、不思議な気分だ。だけど、現実なんだよなぁ。嬉しさが込み上げてきて、またいっそう強く抱き締めた。
 エイルは今、どんな表情をしているのだろうか。ゆっくりと体を離し、顔を覗き混む。思わず吹き出してしまった。笑っているような、泣いているような、困っているような。まったく、なんて顔をしてるんだ。

「泣ーくーなーよー!」
「だ、だって、わたしなんかのこと、好きになってくれるなんて、思わなくて」
「わたしなんか、って言うけどな。正直、好きになる要素しかなかったぞ?」
「えっ?」
「だって、こんなボロボロに泣いて目も鼻も真っ赤なのに、可愛いってどういうことだよ」

 本当に、可愛い。どんな表情もどんな仕草も、全部愛しい。もう一度強く抱き締めて、泣き腫らしたその目を見つめる。

「改めて、エイル」
「はい」
「俺の彼女になってくれるか?」
「……はいっ!」

 今度はエイルのほうから抱き付いてきてくれた。ああ、もう、幸せだ。メーターが振り切れそうなくらい、幸せだ。

「ねえ。いつからわたしのこと好きになったの?」

 再び夜道を歩き出した。さっきまでと違うことは、エイルと手を繋いでいるということ。

「ん。喫茶店に美人なスタッフがいるなーとは思ってたんだけど、きちんと好きだと思ったのは泊めてもらったときだな。連絡先を交換したときの笑顔にとどめを刺された」
「じゃあ、好きになった早さはわたしの勝ち! わたしはきみがお客さんとして来てくれて、初めて笑ってるところを見たときから、目で追いかけてたんだから。ふふっ。笑顔に一目惚れってやつかな?」
「俺に一目惚れなんて物好きだなー。デンジも一緒だったのに」
「何でデンジくんが出てくるの? オーバくんの笑顔はオーバくんにしかできないよ? わたしは、きみの太陽みたいな笑顔を好きだと思ったし、憧れたんだから」
「……」
「どうしたの?」
「エイルはあれだな。天然なのか計算なのか知らねーけど、わりとストレートに話すよな」

 あまりにも真っ直ぐな言葉に、きっとこれからも翻弄されてしまうんだろうな。でも、それも悪くないし寧ろ楽しみだと思ってしまうんだから、心底惚れてしまったんだなとつくづく思う。
 少しでも長く一緒にいたくて、エイルのアパートまでゆっくり歩いたつもりだったが、気がつけばもう目の前に来てしまっていた。名残惜しいが、今日はお別れだな。

「じゃ、部屋に入ったらすぐに戸締まりしろよ?」
「うん。でも、彼氏なら部屋に上げても問題ないでしょ? 上がっていっていいし、なんなら泊まっていってもいいのに」
「いや、彼氏になったらなったで、それはそれで別問題がな……本当にちゃんとわかってるか?」
「わかってる。オーバくんになら、何されても平気だよ?」

 いや、エイルお前そういうところ、そういうところだぞ……!

「エイルがよくても俺がダメ! 展開が早すぎる! とりあえず今日は帰る!」
「もう。意外と真面目なんだから」
「意外とは余計だっつの」
「ふふっ……ありがとう。大切に想ってくれてるんだね」
「当たり前だろ。でも」

 突然、無言になり見つめてきた俺を前にして、エイルは不思議そうに首を傾げたが、その意図を理解したのか、恐る恐るというように目を閉じた。
 ほんのり色づいた唇に、触れるだけのキスをした。

「これは我慢できなかった。悪い」
「ううん。嬉しい。ありがとう」

 俺達は俺達のペースで、同じ速度で、進んでいこう。



2019.8.20


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