2-7.溢れて零れた


 一時間はあっという間に過ぎ、カラオケ店を出た俺達はポケモンセンターにブーバーン達を迎えに行くことにした。
 いよいよ今日はお開きだ。少し、いやだいぶ、名残惜しい。次の約束を取り付けておいた方がいい気がするが、あまりにもガツガツしていると引かれるような気もするし、悩ましい。

「ねえ」
「ん?」
「あれ、オーバくんのお友達じゃない?」
「おっ! マジだ! デンジ! レイン!」

 エイルの言うとおり、ポケモンセンターのロビーに並べられたソファーに、デンジとレインが座っていた。手を振りながら近付いていくと、デンジは鬱陶しそうに俺を見たあと、後ろから来ているエイルに視線を送り、また俺を見て口角を上げた。

「なんだ。今日がデートの日だったのか」
「うるせー。あ、エイル。改めて、こっちが腐れ縁で機械好きのデンジ。ナギサジムのリーダーだ。厳密には引き継ぎ中だけどな」
「なんだその紹介は……どうも」
「で、こっちが孤児院で働いてるレイン」
「はじめまして。オーバくんがお世話になっています」
「こちらこそ、はじめまして。喫茶店で働いているエイルです」
「こいつと一日一緒にいたんだろ? 暑苦しくて大変だったろ」
「ふふっ。そんなことないよ。楽しい一日だったよ?」

 デンジに笑顔を向けるエイルを見て、俺は苦い出来事を思い出した。今までも何人か、連絡先を交換した女の子がいたが、そのうちの何人かはデンジと仲良くなることが目的で、俺に仲を取り持ってもらおうと思って連絡先を聞いてきた、ということだ。
 もちろん、全員がそんな子ではなかったが、好きになりかけた子が実は自分の親友を狙っていた、とわかったときはそこそこダメージがあったものだ。デンジが悪いわけではないし、イケメンを親友に持つものの宿命とはいえ、今回ばかりはそうでないと願いたい。

「そ、そういえば! お前らこんな時間にふたりで何してたんだ?」
「ああ。レインがジムに差し入れを持ってきてくれて、ちょうど挑戦者が来てさ。今日はジムリーダーとして初めてバトルを任されたから、応援しててくれたんだよ。で、今ポケモンを回復させてるとこ」
「デンジ君の初めてのジムリーダー戦、すごかったのよ! 一度もポケモンを倒されることなくサンダースだけで勝っちゃったの! オーバ君にも見てほしかったな」
「おー! 早速容赦ねぇなぁ!」
「レイン、もう少し待っててな。ポケモンの回復が終わったら送ってくから」
「ありがとう。デンジ君」

 俺の心配とは真逆というか、デンジ自身はレインしか眼中に入っていないし、デンジに甘やかされているレインにはガーディのような尻尾と耳がついている幻覚が見える。
 このふたりの関係は、少し不思議だ。海で溺れていたレインをデンジが助けてから、レインはデンジを盲目的なまでに慕って忠誠心を見せるし、デンジはレインを自分のポケモンのように可愛がる。それを端から見ると、友達以上恋人未満に見えるのだが、事情を知っている俺からすると主人とポケモンのような関係にも見える。
 何にせよ、ふたりが恋人同士になれば全てが落ち着くに違いない。ふたりとも早く自覚して欲しいものだ。

「俺達も今日はバトルしたんだ! もう回復終わってるだろうし、行くか」
「うん」
「じゃ、またな!」
「ああ」
「またね」

 デンジ達と別れ、ジョーイさんからモンスターボールを受け取り、ポケモンセンターを出る。自然とエイルのアパートに向かって歩いていると、エイルが身を寄せてきた。

「ねえ」
「ん?」
「ずーっと前から思ってたんだけど、あのふたりは付き合っているの?」
「いや、それが違うんだな」
「え?」
「どこからどう見てもそう思うだろ? でも、付き合ってないんだなこれが」
「ふーん。そうなんだ」
「あ、でもな! デンジは見た目通りモテるし、彼女ができてもわりとすぐ別れることが多いし、親友とはいえあまりおすすめはしないぞ。見た通り、本人に自覚ないとはいえ本命はレインっぽいしな」
「そっか。でも、わたしは彼のことそういう風に見たことがないから大丈夫」

 エイルがデンジを好きにならないように、保険として親友の悪口を吹き込むなんてどれだけ余裕がないんだ俺は、と少々自己嫌悪に陥りかけたが、エイルは何も気にしていないようでホッとした。
 デンジもわざわざ俺が気になっている子を口説いたりはしないし、とりあえずはひと安心……。

「わたしが好きなのはオーバくんだから」

 ナギサシティの静かな夜に、聞き間違えようがない言葉が響いた。
 思わず足を止める。俺より数歩先で、エイルも足を止めた。
寄せては引く波の音だけが、沈黙する俺達を包んでいた。



2019.8.18


- ナノ -